屋根裏ネコのゆううつ

屋根裏ネコのゆううつ

intro

或いは其れは、失くした何かを忘れ去る物語。
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles

ずっと耳の奥で鳴り続けている音があった。頭の芯を震わせるように、低く低く響く、鳴り止まない音。冷蔵庫やエアコンのモーター音のような、お世辞にも心地良いとは云えないノイズ。それが、ごおんごおんと絶えるこ...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles ii

遠くで救急車のサイレンの音が鳴っていた。風が吹いて、公園の奥にある竹林の竹の葉がさわさわと音を立てて揺れているのが聞こえた。「スズキキクタくん」彼女が口を開いて、僕の名前の形にその可憐な口唇が動くのを...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles iii

Lは、どうやって僕を見つけたのだろう。ふとそんな疑問が湧いた。Jの話によると、彼女の「泡」には色がついていて、僕ら3人だけが、他の人たちとは違う白と虹色の輝きをもっていると云う。Lの「線」にも色がある...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles iv

静かな公園に、まるで鈴が転がる音のように、僕とJの笑い声だけが響いている。「おや、キクタかい」不意に遠くから、聞きなれた声でそう呼ばれた。電車ブランコに座ったままきょろきょろと辺りを見渡すと、公園の入...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles v

血のつながった実の父のことは、僕は何も知らない。生きているのかすでに亡くなっているのかもわからない。母も祖母も何も云わないし、あらためて僕から聞いてみたこともないので、どんな人なのか(そもそも「人」な...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles vi

翌日の火曜日は、朝からどんよりとした曇り空だった。昨夜のTVの天気予想によると、台風が近づいているらしい。僕の住む市は、その予想進路からは少し外れているみたいだったけれど、朝起きて部屋の窓を開けてみる...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles vii

片手で傘をたたんでバス停のベンチに立てかけ、僕はポケットからハンカチを取り出して、水の溜まったベンチの座面をささっと拭いた。気休め程度だけれど。「ありがとう」一瞬、Jの表情が和らいだ。彼女は少し微笑ん...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles viii

「・・・・・・」僕は、何か云おうと口を開いた、けれど。何の言葉も出てこなかった。なんとなく、わかっていた。さっき、祖母の眼からこぼれて落ちた涙の雫を見た瞬間に、そのきれいな涙の粒が祖母のしわだらけの目...
屋根裏ネコのゆううつ

noise & bubbles ix

外に出ると、雨はいくらか小降りになっていたけれど、まだ強い風が吹いていた。さした傘が風にあおられて右へ左へもっていかれそうになる。Jの水色の傘は、家を出る前に父に頼んで直してもらった。思った通り父は得...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence

月曜日の午後、さよならの挨拶をして帰りのショートホームルームが終わり、ランドセルを背負って教室を出ようとしたところで、「あ、スズキ君」同じように教室を出ようとしていた担任のナガタ先生に呼び止められた。...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence ii

Jの灰色がかったきれいな眼が、僕を見ていた。いつでも僕に勇気をくれる、魔法の眼だ。「えーと?あの、それ、いる?」Jは少し困ったような顔で笑った。照れているらしい。いる、僕にはすごく大事なことだ。「そ、...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence iii

僕はたぶん、きょとんとした顔をしていたと思う。今度の日曜日、Lに会いに行こうJはたしかにそう云った。でも、初めて会った日に、Jはこう云っていたのだ。「半年前、かな。Lはちょっとした厄介ごとに巻き込まれ...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence iv

日曜は、あいにくの雨模様だった。空は明るかったけれど、低い空を覆った薄い灰色の雲から、ぱらぱらと時折思い出したように雨粒が落ちてきていた。約束の時間より少し前に、待ち合わせ場所の駅のバス乗り場に着くと...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence v

車窓から外を見ると、いつの間にか市街地の街並みは見えなくなっていて、緑の多い田園風景が広がっていた。バスは、運動公園の広い駐車場に入り、その端にぽつんと立つバス停の前で停車した。バス亭の脇には遊歩道が...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence vi

まるで、不思議の国に迷い込んだような気分だった。明るい日が差し込むふかふかの絨毯が敷かれたきれいな部屋で、上品なテーブルに完璧にセットされたお茶会。僕とJ、そしてLのお母さんは小さな丸テーブルを囲んで...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence vii

特に何事もなく日々は過ぎ、7月になり梅雨が明け、夏休みがやってきた。Lのお見舞いに行ったあの日以降も、僕らは毎週月曜日の放課後に、いつもの公園で会っていた。特に何事もなく、とは良くも悪くもその言葉通り...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence viii

「ね、お祭り、行ってみない?」写真を撮り終えて、縁側から家に上がりながら、Jが笑顔で僕にそう云った。「うん、行ってみよう」特に深く考えもせずに、僕も笑顔でそう答えた。ただ、素直に、行ってみたかったのだ...
屋根裏ネコのゆううつ

sounds of silence ix

「海だー」浜に到着するなり、Jは大きな声でそう叫んで下駄を脱ぎ捨てると、僕の手をすっと離してひとりで波打ち際へと駆けて行った。僕はあっけにとられてその場に立ちつくしたまま、歓声を上げて波とたわむれるJ...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes

交番には、若い警察官がひとりいた。他の警察官の姿は見えなかった。長椅子と机がひとつあるだけの小さな交番で、地味な灰色の事務机にその若い男の警官はこちら向きに座っていた。交番に駆け込むなり、「お巡りさん...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes ii

波打ち際の夢を見た。それが夢だとは、すぐにわかった。見たこともないほど遠浅の、見たことのないオレンジ色の海だったから。海岸線ははてしなく、はるか彼方までゆるやかに蛇行しながら伸びていた。同じくらいはる...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes iii

「さっきの話だけど」アイの真似をして、草むらに埋もれかけた錆びた鉄のくずかごにアイスの棒を捨てながら、僕は云った。このくずかごのゴミが回収されることはなくとも、アイスの棒はいずれ風化して土に還るだろう...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes iv

波打ち際の夢を見た。それが夢だとは、すぐにわかった。以前にも、僕はこの夢を見たことがあったから。Jが眠りにつく直前に、あの砂浜で、僕はこのオレンジ色の海を見た。あの浜にある実際の海ではなく、不思議なオ...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes v

波打ち際の夢を見た。それが夢だとは、すぐにわかった。僕はあおむけに横たわって、打ち寄せる波とその向こうのオレンジ色の空を見ていた。僕の体はほとんど水の中にいて、寄せては返す心地良い冷たさの波に、全身を...
屋根裏ネコのゆううつ

the emperor’s new clothes vi

翌日の木曜日、昼過ぎに、電話が鳴った。夏休み中、お昼ご飯は、母が自分と父の分のお弁当を作るついでに、僕の分も用意してくれていた。キッチンの電子レンジでそれを温めていたら、電話が鳴った。テーブル脇の電話...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow

黒犬のラファエルに案内されて、丘の斜面を少し登り、林道へ出た。海沿いの防風林の間を縫うように敷かれた林道で、市民のためのハイキングコースとしても開放されているらしい。林道を登りきると、丘の頂上付近に小...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow ii

オレンジの海の夢を見た。温かな光る雨のしずくが、しとしとと僕の上に降り注いでいる。冷たい水のしぶきを上げながら、オレンジの波が僕のふくらはぎをくすぐるように、白い泡を残して足元を駆け抜けて行く。空は明...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow iii

シジマ夫人のきれいなお辞儀に見送られながら、Lとラファエルといっしょに、Lの部屋を出た。長い廊下に並ぶ部屋のドアを見て、ふと気になったことがあった。ガブリエルは、どこにいるのだろう。「あ、思い出しちゃ...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow iv

オレンジ色の海にいた。これは夢だと、僕はもう知っている。波打ち際の砂の上に座って、腰まで水に浸かりながら、ぼんやりと海を見ていた。今日も温かい雨が降っていて、海の水は心地良い冷たさだった。ここは一体、...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow v

灰の海の夢を見た。かつての海は干上がって灰に沈み、浜には砕けた星の砂が塵となって堆積していた。どんよりと黒く濁った空からは、真っ白な灰がいつ果てるともなく、はらはらと降り続いている。くすんだ灰色の海に...
屋根裏ネコのゆううつ

over the rainbow vi

開いていた天窓を片手で押して、閉める。天窓を開く時はどうするのだろう、と、ふと疑問が湧いた。「ロックされておりませんので、反対側を下へ押し込むだけです」そう、Nが教えてくれた。なるほど。窓枠の縁にある...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me

意識体でも紅茶は飲めるのか。心がゆっくりとほどけていくような、とても良い香りのする紅茶を、一口飲んでみてそう思った。ほんのり甘く、温度も舌にちょうどいいくらいに感じた。「こう云ってしまうと元も子もない...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me ii

オレンジ色の海を見た。これは、夢、だけれど僕の心象風景、僕の意識の中。つまり僕は今、体のない意識体の状態で眠りについて、僕の意識空間につながっている?なんだか、おかしなことになっているような。いや、お...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me iii

夢から覚めたらまた夢だった、みたいな心地だった。眼を開くと、金髪のふわふわの三つ編みが眼の前にあって、びっくりした。ガブリエルのベッドで寝ていたことを思い出し、横で寝ているのがガブリエルだとわかるまで...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me iv

2日前から行方知れずになっていた友人を、夜8時頃に、彼の家の近くの交差点で見かけた。それは、よろこぶべき事ではないのだろうか。すぐにでも声をかけて呼び止め、無事を確認する。「おまえ今までどこへ行ってた...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me v

いつのまにか、繰り返して流れていた市の放送は終わっていたようだった。蝉の声と、路地と民家を隔てた向こう側の大通りを走る車の音が聞こえる。それ以外、何の物音も聞こえない、いつも通りの静かな公園だった。「...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me vi

オレンジの海に、白い部屋の窓から入るのは、そう云えば初めてだった。夢で入るのと、特に何も違いがないことに、少しだけ驚いた。何と云うか、リアリティみたいなものが、もうちょっと感じられるのかと漠然と思って...
屋根裏ネコのゆううつ

give it back to me vii

温かな雨のしずくを顔に感じて、眼を覚ました。オレンジ色の二重の朝日が、水平線から顔をのぞかせ、海面をきらきらと輝かせていた。空は晴れているのに、温かな雨がぽつりぽつりと降っている。雨?ねぼけまなこをこ...
屋根裏ネコのゆううつ

stand by me

まぶしさに、目を覚ました。細く眼を開くと、ベッド越しに輝く朝の海が見えた。オレンジの海が、並んで昇る二重の太陽に照らされて、きらきらときらめいている。おだやかに吹く風に、かすかに甘い柑橘類の香りがした...
屋根裏ネコのゆううつ

stand by me ii

錆びついたレールの上を少し歩くと、左右の風景が急に開けた。丘の斜面の名残のような、藪や木々が点在していた景色が唐突にパッと開けて、目の前にはだだっ広い平地が広がっていた。右手は100mほど先がごつごつ...
屋根裏ネコのゆううつ

stand by me iii

地下への階段は15段ほどで踊り場に着き、左に180度折り返してまた15段ほど下った。そこがまた踊り場になっていて、同じように180度ターンしてさらに下へ15段ほど、下る。もう一度同じことを繰り返して、...
屋根裏ネコのゆううつ

stand by me iv

切れかけた蛍光灯らしき灯りは、だいたい10mおき、時には15mおきくらいに、ぽつりぽつりと続いていた。偶然それくらいの間隔で生き残っていると云うより、ぎりぎり見える範囲の明かりだけを保守交換している、...
屋根裏ネコのゆううつ

arcana

まるで夢のように現実感のない巨大な地下空間だった。そこには、SFか怪獣映画さながらの巨大なダンゴムシみたいな姿の隕石があった。その隕石の上に、4日前から行方不明になっていた僕の体が立っていた。高さ10...
屋根裏ネコのゆううつ

arcana ii

沈黙は、永遠に続くかと思われた。灰の海に、大地の鳴くごおごおという低いうなりが響いている。僕の耳の奥では、いつものあの「音」が、ぴりぴりとパルス音のように遠くかすかに聞こえている。ほんの一瞬、僕の心を...
屋根裏ネコのゆううつ

arcana iii

目の前に立つ、80年前のA-0の記憶の人々に眼が吸い寄せられる。十数人の人の列の、ちょうど真ん中辺り、白衣の看護師らしき女性に抱かれた、白いおくるみに包まれた赤ん坊。そして、列の一番右端、担架に横たわ...
屋根裏ネコのゆううつ

arcana iv

んん、と、僕の隣で、Jが声にならない声でかすかにうめいた。胸に抱いたNとクロちゃんが重いわけでは、もちろんないのだろうけれど。僕らの間には、ずっしりと重い静けさが立ち込めていた。その沈黙を打ち破るべく...
屋根裏ネコのゆううつ

arcana v

眼を開くと、セピア色の世界だった。完全にモノクロというわけではなく、古い映画のような、色数が少ないフィルムで見る映像のような、淡いけれど深みのある風景。この景色には、見覚えがある。これは、Nの視界だ。...
屋根裏ネコのゆううつ

outro

問うなかれ 誰が為に鐘は鳴るやと そは汝の為に鳴るなれば
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