金曜日は、晴れていたけれど風の強い寒い日だった。
制服の上にウィンドブレーカーを着て、前のチャックを襟元までしっかり閉めてもまだ寒い。
いつもなら用意周到な母が、寒くなりそうな日は朝から準備を怠らないのだけれど、今日は慌ただしかったのかな。
まだ、冬用のダウンの上着は出してくれていなかった。
震えながら教室に入ると、廊下と同じくらい寒い。まだ教室の暖房も点いてないらしい。
寒いのでウィンドブレーカーを着たまま席に着いたら、椅子が冷たくて飛び上がりそうになった。
冬でも半ズボンの制服って、どうなんだろう。児童虐待にあたらないのかな。
たぶん、ズボンの下にタイツとか履いてもいい事になってるのだろうけれど。
女の子はスカートなので、もうタイツを履いて来てる子もいるけれど、男子はあまりいないのかな。
僕は個人的に、ズボンの中がもこもこするのが嫌で、去年はタイツを履かずに、冬も半ズボンで我慢してた。
ガブリエルみたいに、短めのスパッツを履くのはどうかな。膝が出てるのは一緒なので、寒いのは変わりないのかな。
それにタイツよりはマシなのかもしれないけれど、ズボンの中がもこもこするのはスパッツでもきっと一緒だよね。
寒いのでウィンドブレーカーを脱がず、ポケットから手を出す気にもなれずに、しばらくそうして震えながら、そんなどうでもいい事をぼんやり考えてた。
実は、昨日の放課後、教室に残って「うちゅうのひみつ」を最後まで読み終えてしまってたので、今日は金曜で図書室へ行く日だけれど、もう慌てなくてもいいし。
「おはよー」
いつも通りののんきな声がして、振り返ると、いつものチェック柄の制服にくるんと襟元にマフラーを巻いただけのルナが、元気に左手を上げて教室に入って来る。
右手に、「何か」を乗せて。
「あー、おどかそうと思ったのに、今日は本読んでないじゃん」
僕の後ろの席まで歩いて来ると、残念そうでもなく云って、右手を僕に差し出す。
右手に乗せた、黄金虫を。
おどかそうと思ったのに、って、
いやもう、十分驚いてるけれど。
椅子の上で振り返ったまま、僕は少し身を引いて、
「何でなの。また来たの?」
まだ「海」では話せないので、小声でルナに囁く。
「そーなの。また来たの、るなのとこに」
つられたみたいに声をひそめて、ルナもコソコソ云う。
「とりあえず、お家?」
立ったまま、器用に左手だけでランドセルを下ろして、どんと机の上に置いて、くるんとマフラーをほどいて、ルナは云う。
「それはいいけれど、まず、黄金虫をランドセルにしまって」
「えー、やっぱそうなの。かわいそうだなー」
ぶつぶつ云いながらも、ランドセルを机に置いてる時点で、ルナもある程度はそのつもりだったはず、だよね。
「るなはそのつもりないよー。どーせあんたが、そう云うんだろーなーって思っただけー」
ぷいとそっぽを向いてみせて、ルナはまた小声で、
「おーちゃんごめんねー、また狭いけど、ちょっとガマンしてねー」
ささやきながら、片手でぱかっとランドセルの蓋を開けて、そっと黄金虫をその中へ入れる。
驚かさないように、かな、ゆっくり蓋を閉めて席に座り、両手で守るようにランドセルを抱え込んで、ルナはドナドナモードになってた。
おーちゃん
また狭いけど?
まさかとは思うけれど、この間の黄金虫と同じ子?って事はないよね。いやでも、別の子なのだとしても、それはそれで、どうなの、と思うけれど。
とりあえず、僕も自分の席にまっすぐ座り直して、ポケットから両手を出して、ドナドナモードで、ルナの意識空間「金色の草の海」を「振り返る」。
ポケットから両手を出しながら気づいたけれど、びっくりし過ぎて、教室の寒さも忘れてた、よね。
風のそよぐ「金色の草の海」を踏み分けて、お菓子のお家の庭へ入ると、ルナはいつも通り、ブランコに腰かけて足をぶらぶらさせてた。
上を向いて、何やら難しい顔で、金色の靄に煙る空を眺めてる。
横に立って眺めていたら、僕に気づいて、
「あ、どうぞ座って」
上を向いたまま、適当な感じで云う。
考え事に忙しくて、心ここにあらずって事かな。
ふむー、
ほとんど声に出して、ルナはうなって、
「どーしたらいい?ねー、どーしようかー」
空を見上げて尋ねるのは、黄金虫、おーちゃんの事だよね。
「うんー」
語尾を伸ばしながらうなずいて、くるりと隣の僕の方を向いて、
「るな、帰したくないんだー」
子供みたいに云う。いや、まあ、子供なのだけれど。見た目は、小学2年生の女の子に違いないけれど。
帰したくない
博士のラボに、おーちゃんを、だよね。
それはまた、どうして。
尋ねたのは、問いかけではなく、確認かな。
なんとなく、その理由はわかるような気がする。
「うん?ハンスちゃんのせい、って思ってる?」
思ってる、けれど、違うの。
この間の「道具」の件で、ルナの中にもハンスへの不信感が芽生えてしまったので、それで、おーちゃんを帰しに行くのが嫌なのかな、と思ったのだけれど。
「違うの」
首を横に振って、きっぱりとルナは云う。
「あー、まあ少しは、あそこへ行きたくないって気持ちも、あるにはあるんだけど。そーいうんじゃなくて」
うーん、とルナはまた、赤い眼を上に向けて、金色の靄が漂う空を見上げて、
「あの子、るなの意識が入ってる子だと思う。るなの?前の?元の?」
いつもの調子で云うけれど、そうなの。
いや、もしかしたら、と僕も心のどこかで思ってはいたかもしれない。
特に、二度目にまた、ルナの前に現れた、今日は。
どこかで、それを確信してた、ような気もする、けれど。
でも、ルナは、どうしてそう思うの。
証拠、と云うと堅苦しい気がするけれど、ルナがそう思った、その根拠?何か、通じるものがあった、とか、なのかな。
うーん、とまたルナは長々とうなって、
「あの子、眼が赤いんだよ」
何かとても大事な告白をするみたいに、ゆっくりと一言ずつ、云う、けれど。
眼が赤い
だから、ルナの意識が入ってる、かもしれない?
それは、そうなの。
ルナの意識が中に入った黄金虫は、眼が赤くなるの。
いや、そもそも、黄金虫の眼の色を、僕は知らないのだけれど。
前回、ルナの視界の窓越しに、ランドセルの中にいた「おーちゃん」を見た時に、そう云われてみれば、きらりと眼が赤く光ってた、ような気もするけれど。
「え、何で?キクタ、何で黄金虫の眼の色を知らないの。ロリポリちゃんと一緒でしょ」
あきれたような顔で、「当たり前でしょ」みたいな云い方で、ルナは云うけれど。
ロリポリの眼は、昆虫の複眼のような、色で云えば、銀色、だったかな。
夏によくみかける、大きなトンボ?ヤンマ?みたいな色、だった、ような。
「ような?ちょっと、あんた、何回もロリポリちゃんを見てるんでしょ?何で覚えてないの。黄金虫だって、ハル君の写真とか、前にみんなでラボに行った時だって、プールの中にいっぱい・・・」
何やらすごい剣幕で云いかけて、ルナは何かを察したように「ああ」と云って、黙り込む。
赤い眼で、じろりと僕をにらんで、
「そんなに怖いの。まともに見れないほど?」
いや、そんな、でも、ちゃんと覚えてない、くらいなので、たぶん、はい。ごめんなさい。
ぼそぼそと心の声で云って、僕はうつむいてしまう。
ルナは、そうだった。
地下のホールへ行った時、わざわざロリポリの正面へ回り込んで、しっかりちゃんとその顔を見てた。
ラボへ行った時にも、博士が眠る「揺り籠」の縁へ身を乗り出すようにして、中をのぞき込んでた。
だから、ちゃんと覚えてるんだね。ロリポリの眼の色も、黄金虫の眼の色も。
「そ」
困った顔で、眉を寄せて、ルナは短くうなずく。
そして、やれやれみたいに肩をすくめて、
「ロリポリちゃんの眼の色も、黄金虫の眼の色も、おんなじ銀色だよ。でも、おーちゃんの眼は赤いの。だから、こないだ来たおーちゃんと、今日来た子は同じ。一緒のおーちゃん。赤い眼の黄金虫が、2回とも、るなの前にころんと出て来たの。だから、るな、あの子を帰したくないの」
ルナの説明は、いつものようにざっくりしていて、どこかのんびりで、けれどその分、わかりやすかった。
ルナの意識の入った黄金虫。赤い眼のおーちゃんは、ルナを探して、会いに来たのかもしれない。
一度目は偶然だったのかもしれないけれど、ラボの「揺り籠」、たくさんの仲間たちのいるあの場所へ帰しても、またそこから抜け出して、ルナに会いに来た。
だから、今度は帰したくない。
それは、正しいのかもしれない。
少なくとも、僕はそう思う。
けれど、
「御子、いるかな」
思わず、そう、僕は呼んでた。
困ったときの何とやら、ではないのだけれど。
「おやおや」
ふわりと、金色の靄が楽しげに揺れて、子供の形になる。
「まさか、ルナではなく、あなたに呼ばれるとはね。これはなかなか、感慨深いものがあるね」
感慨深い
僕が御子を呼ぶのが?そんな大袈裟なものなの。
「だってそうじゃない。あなたは、御子の抜け殻とナガヌママゴイチの遺伝子を元に生まれた「子供」でしょ。そんなあなたが、御子を呼ぶ日が来るだなんて、思いもしなかったよ」
何だかよくわからない理由で、御子はしみじみ感じ入ってるみたいだけれど。
「あの、それでも、ごめんなさい、突然呼んでしまって。聞きたい事があって。でも、よく考えてみたら、御子に聞くべき事でもないような」
何だかとっさの自分の行動に困ってしまって、僕はもごもご云ってたのだけれど。
「そんなの、聞いてみなきゃわかんないじゃん。ぶつぶつ云ってないで、さっさと聞きなよー」
ルナが赤い眼で、僕をにらんでる。
どうしたの、何でルナはそんなに怒ってるの。
うろたえていたら、御子が助け船を出すように、楽しげにふわりと揺れながら、
「うん、「聞こえた」よ。確かに、その質問は、御子に答えられる種類のものではないね。あなたの云う通りだ。けれど、答えは出せないまでも、ヒントを出す事くらいはできるよ」
「ちょっとー?るなには「聞こえない」から、何の話かちっともわからないんだけどー」
ルナの怒りの矛先が、御子に向いてしまって、僕は慌てる。
ホントにルナって、怖いもの知らずだよね。僕が云うのもどうかと思うけれど。
ふふふ、と御子は気にする様子もなく、やわらかく笑って、
「じゃあ姫様にもわかるように説明してあげるよ。まず質問はこう。「おーちゃんを「揺り籠」に帰さなかったとして、あの子の身に危険はないの」だね。あの子の餌は「オレンジの海」そのもの。それに満たされた「揺り籠」から離れてしまったら、お腹が空いて死んでしまうんじゃないかっていう心配、でしょ」
「あ、そっかー。もう、だったらそー云えばいいじゃん。何でキクタは、そんなコト聞くくらいでもじもじしてるのー」
結局、僕が怒られるんだよね。まあ仕方ないけれど。もじもじしてた僕が悪いのは確かなのだし。
「その答えは、さすがにわからない。御子は神様じゃないからね。でも、ヒント。以前、あなたの親愛なる友人が、ロリポリの生態について興味深い事を云ってるね。思い出してみて、ロリポリによく似た、この星の深海に棲む生き物の話だよ」
楽しげに揺れる御子にそう云われて、思い出す。
と云うか、御子は何なの。そんな過去の事まで「聞こえる」の。
それって、夏に僕の体を探して、みんなでロリポリのホールへ行った時の話、だよね。
それなら、覚えてる。
Lが教えてくれた、ダイオウグソクムシの話。
大食漢で、一度に体重の50%近くのものを食べておける。そうして一度食べると、その後数年間は、何も食べずに生きていける。そんな、深海に棲む不思議な生き物の話。
「ええ?何それ、どんな虫なの。海に住んでるの?」
何故かルナが興味津々で、妙に食いついてるけれど。
でもそれは、僕も見た事がないので、どんな生き物なのか、そう云えば知らなかった。じゃあ、後で図書室へ行って図鑑で調べてみようか。今日は昼休み、Jが図書当番の日だから。
ふわりと御子が微笑むように揺れて、
「さすが、ちゃんと覚えてるね。だったら、答えも自ずとわかるよね。それが正解かどうかは、保証できないけれど」
何故なら、御子は神様ではないから、だね。
でも、Lの説によれば、ロリポリとそのダイオウグソクムシはよく似た生態を持ってるんじゃないか、との事だった。長い年月、遥か遠い宇宙空間を餌を求めて旅し続けるロリポリならでは、って事だよね。
だったら、長年「揺り籠」の中にいた黄金虫のおーちゃんなら、しばらく「オレンジの海」を離れたとしても、飢え死にするような心配はないのだろう、と思える。
もしもお腹が空いて元気がなくなるような事でもあれば、その時はルナが「輪」で飛んで、また「揺り籠」へ帰してあげればいいのだし。
「やったー、じゃあ、おーちゃんを帰さなくてもいいの」
ルナが、まるで拾ってきた捨て猫をお母さんに「飼ってもいいわよ」って云われた子、みたいになってるけれど。
ひとまずは、だよね。
いずれは、おーちゃんのお母さんであるロリポリの元へ、きちんと帰してあげるべき、だろうけれど。
「それは、そーだよ」
当たり前じゃん、みたいな顔で、ルナはふんふんうなずいてる。
「あ、もうこの際だから云うけど、キクタ」
何だかあらたまった様子で、ルナがじろりと赤い眼で僕を見て、
「あの、博士の入ってる「揺り籠」?あれって、ロリポリちゃんの体の一部なんでしょ?だったら、あれこそロリポリちゃんに返してあげるべきだよねー。あと、あの研究棟にあった「尾」もだよねー」
さらりとすごい事を云い出すので、僕はあっけに取られてしまった。
それは、もちろんそう、なのだけれど。
そんな事が、できるのかな。
「揺り籠」ですら、2m以上ある岩の塊りで、中にはたくさんの黄金虫と、博士も入ってる。
しかもそれそのものは、あの公園の地下深く、たぶん5~6mとか、それくらいの深い場所にある。
さすがに、親分に頼んでクレーン付きのトラックで、というわけにはいかないだろうし。
「尾」はさらに大きい上に、巨大なコンテナを改造した生命維持装置に入ってる。
それこそ、軍の輸送機でもない限りは、運び出せそうにない、よね。
「けど、キクタはその計画を立ててたんでしょー?ロリポリちゃんを宇宙へ帰すには、まず体を元通りに直さないと、でしょー」
いつものようにのんきな声で、簡単そうにルナは云う、けれど。
確かにそう、ルナの云う通り、ロリポリを宇宙へ帰そうと思ったら、まずはちぎれた体を元通りに直さないといけない。
でも、本当に、そんな事ができるの。
「さて、どうだろうね」
御子は知らん顔で、楽しそうにふわふわ揺れてるだけ。
それに関してのヒントは、云えないって事なのかな。
不意に、火曜日に聞いたLの言葉が脳裏をよぎる。
「それもあって、オレもさっさと大学行きたいんだけどねー」
それもあって、って
まさか、そういう事なの。
ロリポリを宇宙へ帰す
そのための知識を得る
だからLは、さっさと大学へ行きたいの。
「え、そー云ってたじゃん。L、そのための勉強するって。キクタ、何云ってるの」
あきれ顔で、ルナは肩をすくめてる。
そうだよね、確かにそう云ってた。
でも僕は、なんとなくぼんやりとしか、理解してなかったのかもしれない。
ロリポリを宇宙へ帰す
それはひとつひとつ綿密に方法を確かめて、手段を確立して、順序立ててきっちりと準備を進めて、初めて実現できるもの。
不思議な魔法とか、何かすごい力で、一瞬でパッと帰れるだなんて、そんなはずはないんだ、よね。
だからLはアメリカの大学へ行って、そのための勉強をする。
でも、僕は・・・。
「だから、それを今、Kとルナチャンで探してくれてるんじゃん」
途方に暮れそうになる心の中に、陽気なハスキーボイスが響く。
いつでも僕に、元気をくれる、Lの声。
そうだよね。
「キクタ」がいったいどんな計画を立てていたのか、いまの僕にはわからないけれど。
だからこそ、探さなきゃ、ナガヌマの記憶から、モニカが彼に話したという「カントリーロード」の記憶を。
「疑問は解決かな。じゃあ、魔人はランプに帰るとするよ」
ふわりと御子が揺れるので、慌てて、僕は引き止めるように声をかける。
「あの、御子、ごめんなさい。いつも、何だか勝手にこちらの都合で呼び出してしまって。それから、どうもありがとう」
いつも、お礼を云う暇もなく、御子はふわりと消えてしまうので。
「どういたしまして」
ふふふ、と御子は軽やかに笑って、
「実はちょっと、こういうのに憧れてたんだよね。「よろず相談役」みたいなの。たぶん、ナガヌマの影響だと思うのだけれど」
ナガヌマが、よろず相談役に憧れてたの。
それは、何と云うか、彼らしいと云うか、らしくもないと云うか。
「らしいでしょ。平和な世なら、そういうのがやりたかったんだって。だから、彼の代わりにやってあげてるんだよ。もちろん、楽しんでるけれどもね。だから、また呼んでね」
ふわり、と楽しげに揺れて、両手を振るような動きをして、御子の姿は靄に紛れて消える。
「みこちゃんありがとー、またねー」
ルナの元気な声が、かすかな風に乗って、金色の草原を揺らすようだった。
昼休み、図書室へ行こうと、読み終えた「うちゅうのひみつ」をわきに抱えて席を立つと、
「あ、るなもー」
昼休みなのに誰とも遊びに行かずに、じっと机の上のランドセルを大事そうに抱え込んでいたルナが、ちらりと赤い眼を上げて、僕を見る。
「いいけれど、どうするの」
小声で尋ねる。
ランドセル、まさか抱えて?
いや、尋ねるまでも、なかったかもしれない。
「おーちゃん、ちょっと揺れるけど、ごめんねー」
ランドセルの蓋の隙間から、中に向かってそう囁くと、ルナはランドセルを両手で抱えて、そっと席を立つ。
背負うべき赤いランドセルを、何故か両手で抱えて、しかも昼休みの校内を、揺らさないようにそろそろと歩く怪しげなルナを、けれど誰も気に留める様子がないのは、やっぱり認識が消されてるから、なのだと思う。
本来は、いったいどう使うのが正しい用途なのかな、と思う。認識の喪失について。
何のために、アルカナという種は、その「能力」を身に付けたのかな。
しかも、厳しい制約とペナルティまで課した上で、だ。
きっと何か僕の想像も及ばないような、大切な用途があったのだろう、とは思うけれど。
制約やペナルティは、影響の大きなその「力」が悪用されるのを防ぐため、なのだろうね。
開け放たれた図書室のドアをくぐると、正面にずらりと背の高い本棚が並ぶ、天井の高い空間が広がる。
校舎の建物から飛び出すような形で造られた図書室は、そこだけ独立した、ちょっと秘密基地っぽい雰囲気のある半円形の広い部屋だ。
半円の弧に当たる壁際は開放感のある大きな窓になっていて、窓辺には座って本が読めるように、テーブルみたいな大きな机と椅子がいくつも並んでた。
入ってすぐ右手に、貸し出し用のカウンターがあって、その中で制服姿のJが「図書委員」の腕章を付けて姿勢良く座ってる。
「あれ、K。もう読み終わったの、早いねえ」
僕に気づいて椅子から立ち上がったJは、僕に続いて図書室に入って来たルナを見て、灰色がかった大きな眼を丸くしてる。
「ルナちゃん、ランドセル抱えて、どうしたの」
それは、そうだよね。
「しー」
ランドセルを抱えたままの人差し指をぴこんと立てて、ルナは小声で囁くように云う。
Jは一瞬、怪訝そうに眉を寄せたけれど、すぐに何かを察したように表情をあらためて横を向くと、
「サキちゃんごめん。わたし、下級生の案内に行って来るね」
カウンターの中、隣の椅子に座って何やらパソコン画面をのぞき込んでた女の子にそう声をかける。
「はーい、いってらー」
パソコンから顔も上げずに、サキちゃんと呼ばれた茶髪のショートカットの女の子が答える。
「忙しくなったら呼んでね」
Jが重ねて云うと、サキちゃんはようやくパソコンから顔を上げて、
「ジョーノ、まじめだねー。ここ、忙しかった事なんてあるー?」
のんびりした声でニヤリと笑って、ひらひら手を振ってる。
なんとなく、この子、ルナに似てるね。
ぽつりとつぶやいた心の声が聞こえたのかな、ルナが抱えたランドセルを持ち上げて、僕の頭にふわりと当てる。
何それ、チョップの代わり、なの。おーちゃんがびっくりしちゃうでしょ。
ルナは答えもせずに、とぼけた顔で、Jを見て、
「えーとねー、るな、見たい本があるんだよー。動物の図鑑?虫がのってるやつー」
いつもののんきな調子で云う。
「昆虫図鑑かな。こっち、ついて来て」
Jはするりとカウンターから出て来ると、僕とルナに手招きして、図書室の奥へと歩いて行く。
昼休みの図書室は、今日は意外と人が少ない。
寒いから、みんな教室を出ずに遊んでるのかな。教室も、寒いけれど。
広々とした空間なので、図書室の方がさらに寒い気はした。
それでも、窓辺の席には日が差し込んでいて、ポカポカと空気が暖められてる気がする。
一番奥のテーブルまで進んで、Jが足を止め、くるりと振り返る。
「それで?」
短く尋ねるのは、ルナが大事そうに抱えてるランドセルの理由、だよね。
近くには誰もいないけれど、声をひそめてるのは、図書室だから、かな。
うん、とルナが小さくうなずいて、片手でランドセルを器用に支えて、もう一方の手でパカッと蓋を開ける。
「J、見て。あ、そーっとね」
云われて、怪訝そうに首をかしげながら、ランドセルの中をのぞき込んだJが、はっと息を飲む。
「黄金虫。るなのとこ来たの。今日で2回目」
ルナの説明は、相変わらずざっくりし過ぎていて、それじゃ要点だけだよね。
僕は火曜日からの出来事を、順を追ってJに話した。ざっくりと大まかに、だけれど。
途中で、Jがテーブルを指して、「座ろ」と云うので、4人掛けの席に3人で座る。
僕とルナが横に並んで、Jは僕の向かい側。ランドセルは机の上にそっと置いて、まだルナが大事そうに両手を添えてる。
聞き終えると、Jが、
「ルナちゃん、もっかい見せて」
と云うのは、おーちゃんを、だよね。
「もー、キクタ、いちいちうろたえないで。見るのはJでしょ。怖いんだったら、あんたはあっち向いてればいいじゃん」
うんざりしたような顔で、ルナに怒られた。
それは、おっしゃる通りだけれど。
パカッと蓋を開けたランドセルを向こうへ向けると、Jがまじまじと中をのぞき込むので、僕はドキドキしてしまう。
いや、そう。ルナの云う通り。あっちを向いてればいいのだろうけれど。つい、心配で。
「心配性は、しょうがないよね。それがK、だから」
ふふふ、ランドセルから顔を上げて、Jが魔法の声で笑う。
久しぶりに聞く、Jの魔法の笑い声。心がホッとする。
「ほんとに赤い眼だね。だからルナちゃんに会いに来たのかもって、わたしもそう思う」
「でしょー、だよねー」
満足げにふんふんうなずいて、ルナは元通り、そっとランドセルの蓋を閉じる。
「で、どうするの」
Jが僕とルナを交互に見て尋ねるのは、もちろん、おーちゃんの事、だよね。
「しばらく、るなが預かるよー。お話ができないか、いろいろ試してみるー」
お話
確かに、意思疎通ができるものなら、してみたい、よね。
2度にわたって、ルナのところへ来た理由、とか。もしあるのなら、聞いてみたいし。
何もなく、中にいるルナの意識が、ただ元の体に引かれるように、やって来た、のかもしれないけれど。
そんな事があるのか、ないのか、それすらも、僕にはわからない。
「海」で話せないので、それを小声で囁くように、ふたりに伝えたら、Jも神妙な顔でうなずいて、
「わからない、そうだね。じゃあ、おーちゃんの事は、ルナちゃんよろしくね」
ふわりとやわらかな声で云う。
「うんー、まかせてー」
のんびりといつもの調子でルナは答えて、
「それよりさ、J、図鑑見せてー。るな、気になってしかたがないよー」
もぞもぞしながら云う。
「えーと、なんだっけ、だいおーなんとかむし?」
僕に尋ねるので、
「ダイオウグソクムシ、だね」
答えたら、ぴこん、とJが人差し指を立てる。
「それ、何だっけ。前にLが云ってなかった?」
「うん。ロリポリによく似た生態の、深海に棲む生物って」
僕が答えると、すっとJが席を立つ。図書委員さんの顔になって、人差し指をあごに当てて、
「待っててね」
云うなり、ひらりと身を翻して、早足で本棚の向こうへ消える。
「おお、J、かっこいいねー」
ルナは赤い眼を細めて、本棚の間を行き来するJの姿を眩しそうに眼で追ってる。
確かに、キラキラしてる、ような気がする。
Jは本が好きで、図書委員の仕事もきっと好きなのだろうな、と思う。
すぐに重そうな図鑑を何冊も重ねて、両手で抱えたJが席に戻って来た。
「お待たせ。この中に出てるかな」
どさっとJが机に置いたのは、「こんちゅうずかん」「うみのいきもの」「よくわかる動物ずかん」「百科事典(5)動物」。
低学年向けのやさしそうなものから、6年生やもしかしたら先生が見るような、本格的な事典も混じってるけれど。
「分担しようか。Kは、これかな。ルナちゃんはこっち」
そう云ってJに僕が渡されたのは「うみのいきもの」、ルナは「こんちゅうずかん」。さすが、J、気配りが素晴らしい。
「後ろの方にある索引ってわかる?動物図鑑で云えば、動物の名前が50音順に並んでて、それぞれページ番号が書いてあるの。ダイオウグソクムシ、だから「タ行」のところを見て」
Jに云われるまま、図鑑を後ろから開いて、索引を見る。
ルナも同じように開いて、索引の「タ行」ところを指でなぞりながら辿ってたけれど、
「む?ないねー。コンチュウじゃないのかな、ムシって名前なのにー?」
「それか、低学年向けのやさしい図鑑だから、載ってないのかもだね。Kはどう?」
僕も同じだった。ひらがなタイトルの子ども向けの簡単な図鑑だから、深海に棲むようなマニアックな生物は、省かれてしまってるのかな。
「載ってないみたい」
そう答えたら、「よくわかる動物ずかん」をJが僕らの方に押して、
「じゃあ、次はふたりでこれを見てみて。わたしは、こっち」
Jが手にしたのは、見るからに分厚くて重たそうな「百科事典(5)動物」。表紙も黒っぽくて、いかにもすごい百科事典、という感じ。
「おっけー。ほら、キクタ、ぼーっとしてないで、開いて」
そう云う姫様は、腕組みして指図するだけなの。まあ、いいけれど。
動物図鑑を後ろから開いて、索引の「タ行」を指で追う。
「あった。158ページ」
「でかした、はい、さっさと開く」
ルナは、何なの。Jと調べもの競争でもしてるのかな。
「あった?こっちもあったよ」
ふふふ、と楽しそうにJは笑って、重そうな百科事典のページを「よいしょ」と開く。
158ページ、158ページ。
ルナが急かすので、何だか僕まで競争してるような気分になって、急いでページを手繰る。
ぱらり、と開いた158ページの写真を見るなり、僕は椅子の上で数センチ飛び跳ねてた。驚いて、だ。
「わあ、ほんとにロリポリちゃんによく似てるねー。こっちの方が、なんて云うか、ムシと云うよりカニとか何かそーいう感じ?」
ルナはのんきに感想を述べてから、飛び跳ねてテーブルをどすんと揺らした僕をチラリとにらんで、
「ちょっとー、図書室では静かにねー。ぴかぴかの1年生じゃあるまいしー」
いや、だって、何これ。
図鑑なので、当たり前なのだけれど。
開いた158ページには、ダイオウグソクムシの正面どアップの写真、続いて横から見たところ、後ろから見たところ、上から見たところ、下から見たところ、と写真が並んでた。
正面の顔がまず怖いのだけれど、何より下から見たお腹と足がいっぱいある所が、ダメだった。ゾワゾワする。
「おー、さすが早いねー。こっちもあったよ」
Jが云って、ふむふむと百科事典を眺めて、
「ああ、これはKが苦手そうな見た目だねえ。飛び上がるのも仕方ないかなあ」
苦笑して、僕を見る。
「えー、ただの写真だよー?飛び上がらないでしょ、女の子じゃあるまいしー」
やれやれ、みたいにルナは肩をすくめて、困った顔で僕を見るけれど。
何だろうね、この無表情な、何を考えてるのかわからなそうな顔が怖いのは、まあ自分でもなんとなく納得なのだけれど。
お腹の方のカニみたいな足がいっぱいあるとか、何がそんなに嫌なのかなと思う、けれど。
もう一度、ちらっと視界の端で捉えてチャレンジしてみたけれど、途端にゾワッと両腕と背筋に悪寒が走る。だめ。
「じゃあこっちはもっとダメだね。ルナちゃんだけに見せるよ」
とん、とJは百科事典を立てて、くるりと回して開いた面をルナだけに向ける。
「おお、ええーっ!こんなおっきいの。見て、キクタ、こんなおっきいんだよこの子」
図書室ではお静かにってさっき自分で云ったくせに。もう忘れたみたいな大声をあげて、ルナが僕の制服の袖を引っ張る。
仕方がないのでまた視界の端で、Jが立てて開いてくれた百科事典のページをちらっと見る。
一瞬、だったけれど、外国の漁師さんらしき日に焼けたお爺さんが、両手で左右からぐいと掴んで顔の横に掲げたその子は、お爺さんの顔よりも二回りくらい大きい。
40センチか50センチくらいあるかもしれない。
しかもそのお爺さんが背中側から掴んでぐいと持ち上げた写真なので、当然レンズの方を向いてるのは、ダイオウグソクムシのお腹側で、またあの足がいっぱいあるダメなやつを見てしまって、思わず僕は身を引いて顔を背ける。
勢いよく身を引いたので、掴まれてた袖もルナの手から外れてた。
「ほんとにダメなんだねー」
何かもはや、これは同情かな、可哀想な子を見るような眼で、ルナは僕を見て小さなため息をついてた。
ルナはその(ダイオウグソクムシの載った)動物図鑑を借りたかったらしいのだけれど、
「あ、ルナちゃんごめんねえ。図鑑は貸し出しできないんだよ」
Jにそう云われて、
「むー、まだ昼休み時間あるよねー。じゃあ、るな、今このページだけぜんぶ読むー」
そう宣言するなり、食い入るようにダイオウグソクムシのページを読み始めた。
まあ、生態のよく似た(かもしれない)黄金虫を預かる以上、いろいろ知っておきたいのだろうね。
なんだかんだ云って、ルナはまじめな子だよね。
「じゃあ、残りの図鑑は棚に戻してくるね」
Jがまた、重そうな図鑑を重ねて席を立つので、
「手伝うよ」
僕も「うみのいきもの」を持って立ち上がる。
「あ、「うちゅうのひみつ」はまだ棚に戻さないでね。カウンターで、返却手続きをしないとだから」
Jに云われ、まとめて持ってた「うちゅうのひみつ」をテーブルの上に戻そうかなと思って、手を止める。
ルナがいるテーブルだけど、図書室で本を置きっぱなしにするのは、何だかダメな気がしたので、やっぱりまとめて抱える。
間違えて棚に戻さないように、注意すればだいじょうぶだよね。
後について図鑑の本棚へ行き、Jに指示された場所へ「うみのいきもの」を戻す。
「そう云えば」
ふと思い出したみたいにJが僕を振り返って、
「最後まで全部読んだ?「うちゅうのひみつ」。あとがきみたいな、編集した博士のコラムみたいなの、最後に載ってたでしょ」
云われて、僕は首をひねる。
あとがき?博士のコラム?
それは、気づかなかったかも。
本編を最後まで見て、終わりだと思ってその後のページを見てなかったのかな。
わきに抱えてた「うちゅうのひみつ」を後ろから開く。
最後の最後、ページをめくった裏側に、あった。
「うちゅうをめざす、こどもたちへ」と題された、短いコラム。
「あ、これ、見落としてた」
へへへ、とJみたいに笑ってごまかす。
「あらら」
Jは「ふふっ」と小さく笑って、重い百科事典を「よいしょ」と本棚に戻してから、僕の横へ来て、
「そのコラムの最後の一行、読んでみて」
僕が手にした「うちゅうのひみつ」をちらっとのぞき込みながら、云う。
「うちゅうをめざす、こどもたちへ」
全部で10行ほどの、短いメッセージ、だけれど。
最後の一行は、
「あなたのゆめが、いつか、うちゅうへたどりつきますように」
てんもんがくしゃ でぃびっど・ぶりんぐはむ
あなたの夢が、いつか、宇宙へたどり着きますように
天文学者 デイビッド・ブリングハム
「この言葉、Kに見せたいな、と思った。これ、読んだ時に」
そう云って、Jは少し照れたみたいに「ふふふ」と笑う。
うちゅうをめざす、こどもたちへ
天文学者の偉い先生からの、メッセージ。
「僕は、Lに見せたいな、と思った。今これ、見た時に」
思ったまま、そう云ったら、Jはふわりと花がほころぶように微笑んで、
「今だったらそうだね。あの子、まさか、アメリカの大学を目指してたなんてね。やっぱりそういう大事な事、わたしにはぜんぜん云ってくれないんだから」
ぷう、と拗ねるみたいに頬を膨らませる。
「聞いてないの、Lから直接?」
不思議に思って尋ねたら、Jはふくれっつらのまま「うん」と深々とうなずいて、
「全然聞いてないよ。ガブリエルから、「海」での会話をしばらく自粛って、「ルナちゃんのメッセージ」を聞いて、それで初めて知ったんだもん。どういう事?って聞いて、その時ガブリエルから教えてもらった」
それは、意外というか、いやでも、Lらしいというか?
Jに云わないのは、何なのだろう。
反対されそうって思った?まさかね、Jはそんなこと絶対にしないし、絶対に応援してくれる。それはLにもわかってるはず。
わかってるから、かな。
そう思ったので、僕はそっとJの手をつないで、
Jは絶対反対しないし、絶対応援してくれるってわかってるから、じゃあ云わなくていいかと思った、のかな?
心の声で、云う。
「なあに、それ」
Jも心の声でそう云って、灰色がかった眼をまんまるにして、僕を見る。
いや、僕にもよくわかんない、けれど。
それだけJを信頼してると云うか、頼りにしてるのは、間違いないと思うけれど。
「だからって」
そう云って、Jはつないでない方の手をぎゅっと握り拳にして、ぷるぷる震わせてる。
J、怒ってるの、かな。
怒りのあまり、言葉にならない、とか?
「うーん」
Jは震わせてた握り拳をそのままあごに当てて、考えるポーズ、かな。怒ってるバージョン、かも。
「怒ってはいないよ。いないけど、何だろうね、呆れてる、かな。いつもの感じ」
いつもの
「Lだから?」
なんとなく、そう云ったら、握り拳だったJの手から、ぴこん、と人差し指が立つ。
「そうかも。「Lだから」ね。まあしょうがないか、って感じかなあ」
困った顔で苦笑してる。
僕は僕で、JとLのそんな間柄が、すごく羨ましいなと思ってた。
ふたりの関係性というか、距離感というか、バランスかな、そういう全部が、すごく羨ましい。
どっちになりたいとか、ふたりの間に僕も入りたいとか、どっちかの立場に僕が変わりたいとか、そういうのではなくて、なんだろう、ふたりの関係全体が、すごく微笑ましくて羨ましい。
「そう?いつでも変わってあげるけど。あ、変わりたいわけじゃないのか。ふーん、それはまた、随分とKらしいね」
ふふふ、魔法の声で、Jは笑う。
僕らしい、かな。JとLの関係性を羨ましがるのが?
「うん。ルリさんが良く云う「キクちゃん、って感じ」かな。わたし、最近やっと、あれがわかってきたかも」
キクちゃん、って感じ
それは、確かによくルリおばさんに云われる気がする。
いったいそれってどんな感じなの、って毎回思ってた気がするけれど。
「キクター」
静かな図書室に、遠慮がちなルナの声が響く。
図書室では静かに、を思い出したのかな。
静か、には違いないけれど、どこかトーンの低い、抑揚のない声で。
姫様、読書が終わってあの図鑑を本棚に戻したいのかな。
なんとなくそうつぶやいたら、
「姫様?」
Jがきょとんとした顔で、僕を見てた。
あ、手をつないだままだったの、忘れてた。
「K、ルナちゃんの事、「姫様」って呼んでるの」
どこか可笑しそうな、でもまじめな顔でJがそう尋ねるので、
「呼んでるわけじゃないけれど。御子が時々、ルナをそう呼ぶから。あと、「いばら姫」だから、かな?」
そう説明したら、「ああ」と納得したように、Jはしみじみとうなずいて、
「ランプの魔人ごっこ?とかしてたね。御子ちゃんって、ほんとお茶目だよね」
ふふふ、と笑いながら、
「じゃあ、ほら、王子様、早く行かないと」
そう云ってJは、声に出さずににっこり笑う。
王子様
Jもわりと、そういうの好きだよね。