(they long to be) close to you vi

屋根裏ネコのゆううつ II

玄関を開けて家へ入ると、リビングからテレビの音が聞こえていた。
廊下から顔をのぞかせて、「ただいま」を云ったら、母がソファから僕を振り返って、
「あら、お帰り。早かったのね」
16時過ぎ、なので、まあ早いと云えば早いかな。
「父さんは」
てっきり、テレビを見てるのは父かと思ったのだけれど、リビングには母しかいなかった。
「散髪よ。床屋さんが終わる頃に、ちょうどあんたを迎えに行けるだろうから、なんて云ってたのだけど。もう帰って来たって、メールしとくわね」
そう云って、母はテーブルの上のスマホを手に取る。
淡いピンク色の、僕のよりも一回り大きなスマホ。
ちらっと見えた待ち受け画面が、何故か夏に庭で撮った「浴衣姿のJと僕の写真」で、何だか照れくさくなって慌てて眼をそらす。
「うん、ありがと」
云って、そのまま逃げるように2階へ上がる。
何でなの。いや、でも、普通なのかな。子供の写真を待ち受け画面にするの。
もっと小さな頃の写真でもいいんじゃないかなと思ったけれど、そもそも、僕はあまり写真を撮られるのが好きじゃなかったから、待ち受けに入れたいような写真自体がないのかもしれない。
最近撮った写真も、たぶん、あれくらいしかないはず、なので。
それとも、あの浴衣の件は、母の中でもすっかり良い思い出に変わったって事なのかな。
待ち受けにして毎日眺めたいと思えるくらいに?それなら、良かったけれど。
部屋に入って、バッグを下ろし、中に懐中電灯とペットボトルの水を入れたままだった事を思い出したけれど、後でまた下へ降りた時に返せばいいよね。
勉強机の椅子に座って、バッグとスマホを机の上に置いて、オレンジの海を「振り返る」。
机に向かっていれば、部屋の入り口には背中を向けてる形になるので、ドナドナモードになっていても、不自然ではないかな。
星の砂浜に降り立つと、誰もいないオレンジの海は、どこかがらんとしていて、なんとなく寂しく感じた。
いつもと同じはずのやさしい波の音も、どこか寂しげ。
砂浜からふわりと飛んで、開いたままになってたLの基地のドアをくぐる。
念のため、ドアは閉めた方がいいかな。
基地のドアはトーテムの結界の中だから、そもそも、外から誰かに聞かれたりする心配もないのだろうけれど。
後ろ手にドアを閉めると、これまでにも時々、開いたドアからちらっと見えてたぴかぴかの廊下が、まっすぐに続いてる。
黒っぽい床や壁の材質は、何て云うんだろう。リノリウム?だったかな。
硬そうだけれど鉄や金属ほど冷たい感じではなくて、プラスチックのような光沢のある樹脂製、に見える。
SF映画の宇宙船や、何かヒーロー物の秘密基地のような、まさにそんなイメージ。
天井付近の左右の隅に、ビームみたいな白い光が、廊下に沿って走っているのが照明で、通路は明るく照らされてた。
Lらしいと云えばLらしいけれど、ぜんぜん小学生の女の子っぽくはない、よね。
素敵な庭園風のJのお庭や、絵本のようにかわいらしいルナのお菓子の家とは、まるで方向性が違ってて、でもやっぱりとってもLらしい。
「おじゃまします」
なんとなく小声でつぶやいたら、思いのほか僕の声が大きく響いて、どきっとした。
「いらっしゃーい。そのまままっすぐなー」
陽気なハスキーボイスは心の声で聞こえて、あ、そうか、と思う。
それはそう、Lの意識空間なのだし、声に出さなくても、心の声で聞こえるよね。
廊下の左右にも扉があるみたいだけれど、何の部屋なのかな。
気になるけれど、勝手にのぞくわけにもいかないので、云われた通りまっすぐ進む。
正面が、左右の壁と同じ、ぴかぴかの黒い壁で、行き止まりかな、と思ったら、すーっと壁が左右に開いた。
自動ドアなの。なんてハイテクな。
「いやいや、自動ドアくらい、今どきその辺のコンビニでもあるよね」
Lは可笑しそうに笑ってる、けれど。
でも意識空間に自動ドアって、何だかすごいよね。
そう思いながら、開いたドアの先に進んだら、もっとすごい空間が広がってた。
これは、まさに、宇宙船では。
SF映画で見るような、宇宙船の広い操舵室、と云うか、艦橋、って云うのかな。
正面に大きな窓、と云うか、スクリーンだね、それが一面にあって、映し出されてるのは、まさに宇宙空間だった。
左右の壁には、モニターがいくつも並んでいたり、何かよくわからない計器やパネルがずらりと並んでる。
広い部屋の真ん中は、床が一段低くなったところにふかふかの黒いカーペットが敷かれ、黒っぽいソファがコの字型に並んでる。
コの字の真ん中にLがあぐらをかいて座っていて、足元にはラファエル(の意識体)が寝そべってた。
左右のソファにはJとガブリエルが、それぞれ真ん中辺りにちょこんと腰かけて、僕に笑顔を向けていた。
「お疲れー、まあ座って」
こちらを振り返ってLは云う、けれど。
どこに座ればいいの。
3人でコの字の3方に分かれて座ってるので、なんだろう、迷ってしまうよね。
Lはニヤニヤ笑って、
「あーね、おまえは博愛主義者だもんね」
ハンスみたいに大袈裟に両手を広げてみせる。
博愛主義者?って何。
そんな何かすごそうな主義とか、僕は持ってないと思うけれど。
「じゃあまあ、いつも通りな感じで、男の子チームと女の子チームに分かれるか」
どうでもよさそうにひらひらと手を振って、Lは立ち上がると、「ほら、J、ちょっと詰めて」
Jを端へと追いやってる。けれど、普通に3人くらいは横に並べそうなソファなので、詰めるまでもないよね。
「まあせっかく広いし、広々と座ろうか」
ガブリエルがくすっと笑って、少し移動して僕に場所を開けてくれる。
コの字の向かい合う辺に、ガブリエルが奥に、僕が手前に座って、僕の正面にL、ガブリエルの向かいにはJが座ってる。
ラファエルは当然のように、Lの足元へ移動してた。
「内緒話がしたかったわけじゃ、ないよ」
宣誓するみたいに右手を軽く上げて、Lが云う。
「こんな時でもないとオレの基地にご招待できないからね、ただそれだけ」
それは、わかる。
「だけ?」
ガブリエルは笑顔で、するどく突っ込むけれど。
「あーまあ、だけじゃないよね。モニカちゃんの件でみんなナーバスになっちゃってたみたいだし、それなのにいつまでもオレ達が「海」で会議してたら、やっぱ気になっちゃうよね、ナナちゃんもルリちゃんも。だから、あんまり心配かけたくなかった、って感じ、かな」
苦笑しながら、Lは答える。
うん、それもわかる。
「とは云え、ルナチャンには「聞こえ」ちゃうんだろーけどね。それはもう、しょーがないよなー」
ルナは、そうだね。
「聞こえる」「聞こえない」は、ルナ自身にもコントロールできるわけではなさそうだし、もし「聞こえて」しまったら、それはしょうがないのかも。
うん、とガブリエルもうなずいて、
「最初の頃と違って、今やオレンジの海はみんなの公共の場、って感じになってるもんね。それはとてもいい意味で、だよ。声をかければKだけでなく誰かが答えてくれるし、みんなとつながってるっていう安心感もある。だからこそ、かな。パブリックスペースである「海」で、ボクらがいつまでも会議をしてたら、みんなも気になるだろうし、余計な心配をさせちゃいそうだもんね」
そうだよね、ナナやルリおばさんだけでなく、ルナやMともつながったし、ナガヌマやドーリーも来てくれる。
そんな場所で、いつまでも、というのもガブリエルの云う通りだと思う。
それに、あまり堂々と大声で話せるような事でもない、かな。今日のテーマは。
「そーね。たぶん、答えは出ねーだろーしなー。会議と云うより、愚痴とかぼやきみたいなもんかも」
そう云って、Lは困った顔で肩をすくめる。
答えは、出ないのかな。
いや、出ないよね。犯人の姿は見えなかったし、モニカがあんな風に、いきなり撃たれるような理由も、僕にはまるで見当もつかない。
ぱちん、と指を鳴らして、Lがみんなの前にお茶を出してくれる。
紅茶かな、とても良い香りがして、心が少しほっとする。
「無理矢理ひねり出せば、犯人像の推理くらいはできるだろーけどね。それでもたぶん、結論は出ねーんだろーなー」
そう云って、
「例えば、そーだな」
Lは紅茶を一口すすって、
「12年前の撤退の混乱に紛れて、隣の市にある米軍の駐屯地に、モニカちゃんは潜入してたんだよね。「キクタ」の情報を求めて、ベースのデータを探るため。それから、ブラウンの実験に使われた女の子「ルナ」の消息を求めて、だね。その時に、ベースとは関係のない、軍の機密情報を偶然知ってしまった、としたら?ベースと無関係の機密なら、認識は消されてない。それで軍に追われてた、って可能性とか」
「だからって、いきなり撃つかな」
ガブリエルが静かに否定する。
Lもうなずいて、
「だよね。相手が軍なら、橋の前後を兵士が塞いで、「動くな、手を上げろ」で済む話だよな。いくら軍だからって、戦争中でもあるまいし、しかも敵軍の兵士でもない非武装の民間人を相手に、いきなり撃つとか有り得ないよね。しかも、後ろから」
そう、暗い雨の夜に、雷の音に紛れるように、後ろから狙い撃つ。
話し合いの余地もなく、誰何の声もかけない。
最初から、犯人の目的は、モニカを殺す事。
そうとしか、思えない。
Lは浮かない顔のまま、
「事故や何かの間違い、って可能性もないよね。あんな市街地の近くで猟をする猟師さんがいるとは思えないし、万が一いたとして、いくら暗い雨の夜だからって、橋を渡ってる人を、鹿や猪と見間違えるはずもない。百歩譲って見間違いか銃の暴発か何かだとしたら、橋から落ちた彼女を救助しに行くでしょ。誤射だと気づいてるのなら尚更ね」
元気のないハスキーボイスで云う。
事故や何かの間違い、万が一、百歩譲って、
その気持ちは、すごくわかる。
モニカが狙われて撃ち殺されたわけじゃない、
どうにかして、その可能性を探りたい、そんな気持ち。
けれど・・・。
「残念ながら、それはない、よね」
カップを手に持ったまま、口をつけるのも忘れたみたいに、ガブリエルが淡々と云う。
「モニカが狙われて、殺された。それは事実だね。じゃあ、どうして?」
ふっとカップから視線を上げて、ガブリエルは目の前のJを見て、その隣のLを見て、最後に僕を見る。
どうして
何故、モニカは殺されたのか。
犯人が、モニカを殺した、その理由。
ガブリエルはわずかに首をかしげて、
「恨みかな。殺したいほど、モニカを憎んでいた人がいた?もしそうなら、それはボクらには見当もつかないね。ベースの関係者かも知れないし、その後に、どこかでモニカが知り合った人かもしれない。あるいはそれよりもずっと前に?いや、それはないかな。ベースの関係者よりも以前、モニカが本国にいた頃の事なら、80年以上前の因縁だ」
静かにそう話すガブリエルの声を、僕はどこか遠くから聞こえる話のように聞いていた。
テレビの中とか、あるいはまったく関係のない、街中で通りすがりの誰かが話す声のように。
恨み
殺したいほどの憎しみ
どちらも、僕には想像ができなかったから。
恨みや憎しみ、それに一番近いと思える感情は、と考えて、ひとつ思いつく。
僕は、ヌガノマ(ホワイト)を許せない、と思う。憎いとも、思える。
でも、じゃあ殺したいかと云えば、そうではない、ような気がする。
罪を裁く事のできないあの男の事を、どうしたらいいか
何度か、僕らはそんな話をしたけれど、一度だって、じゃあ殺してしまえばいい、とは、思った事がなかった。
それは、決してそこまで憎くはない、という意味ではなくて、憎いし絶対に許せないけれど、「殺す」という選択肢は僕の中にはなかった。
聖人君子ぶるわけでもなくて、たぶん、僕は怖かったのだと思う。
殺す、という選択肢を、想像するだけでも、怖い。
だからもし、犯人が、憎しみや恨みでモニカを殺したのだとしたら、僕は、どう頑張っても、犯人にはたどり着けないのかもしれない。
その思いが、わからないから。そしてただただ、怖いから。それしかないから。
「恨みや憎しみでは、ないのだとしたら」
ガブリエルがぽつりと云う。まだじっと、手にしたカップを見つめたまま。
恨みや憎しみではなく、人を殺すような理由
そんなのが、あるのかな。
ガブリエルは小さくうなずいて、
「例えば、犯人にとって都合の悪い何かを、モニカが見てしまった、とか」
都合の悪い何かを、見てしまった
それをモニカに見られてしまった、だから、殺す?
「口封じ、だね。犯人が誰かを殺した、その現場をモニカが目撃してしまった、としたら。犯人はそれに気づき、自身の罪が露見しないよう、モニカを殺す。あるいは、犯人にとって致命的な秘密、とかかもしれない。それをモニカが知ってしまった。だから秘密がバレないよう、モニカを殺した」
淡々とガブリエルはそう云って、じっと紅茶の入ったカップを見つめてた。
しばしの沈黙が流れて、その重さに驚いたみたいに、はっとガブリエルは小さく息を飲んで、
「なんてね。ただの想像だよ」
苦笑して、紅茶を一口。
Lが何か云いたそうにガブリエルを見てたけれど、ぶるっと身震いするみたいに首を振って、
「Mちゃんの云うように、アルカナの知覚の範囲外でモニカちゃんの後をつけて、見通しのいい橋の上に差し掛かったところを狙い撃った、のだとしたら、犯人はアニーって事になるけど」
そう云って、ちょっと顔をしかめて、
「すごく雑な推理だけど、アニーで銃を持ってて、そんな事をやらかしそうな奴に、心当たりはあるんだよね」
それは、ある。
撃たれた
あの記憶を見ている時、ナナがそう口にした瞬間、真っ先に頭に浮かんだ犯人像は、ブラウンだった。
ブラウンが、モニカを撃つ理由は、僕にはわからない。
けれど、同じように理由は全くわからないけれど、あいつはススガ丘学園大学の研究棟の、ロリポリの尾が保管されてる研究室宛てに爆弾を送り付けてる。
もうひとつ、これも同じく理由はわからないけれど、あいつは地下で、ヌガノマ(ホワイト)を銃で撃ってる。
それに、もしかしたらだけれど、12年前の撤退の後、ベースに忍び込んで居住区と研究施設に火を放ったのも、あいつかも知れない。
12年前にベースに放火し、2カ月ほど前にロリポリの尾を爆弾で爆破しようとし、つい最近、かつての同僚であるヌガノマ(ホワイト)を銃で撃ち、3年前にはモニカを銃で撃ち殺した?
理由も目的も、さっぱりわからない。一貫性がなく、つながりもないように思える。
「うん。ただ、似てるんだよね。その、わけのわからなさと手口の杜撰さがね」
Lが云って、ソファの上であぐらをかいて、腕組みをする。
「計画性は、一応はあるけれど、ものすごく雑で杜撰。まるで思いつきでやってるようにも見える。そして、やる事は非道で、そこには遠慮も呵責もない。加減を知らない。人のいる地下の居住区に火をつけるとか、いきなり後ろから撃ち殺すとか、ロリポリを爆弾で吹き飛ばすとか、ちょっと狂気すら感じるよね。でも、ほんとに狂ってるんだとしたら、何年も地下に隠れ潜んでたり、仮面を被って顔を隠したりはしないはず。そこには、計算と云うか狡賢さも垣間見えるんだよなー。あいつ、何なの」
わからない。
わからないから、余計に気味が悪く思えるのかもしれないけれど。
僕らが気づかないだけで、あいつの行動にはたぶん一貫した何かの目的があるのだろう。
その目的がわかれば、ロリポリを爆破しようとしたのも、ヌガノマ(ホワイト)を撃った事も、なるほどと納得ができるのかな。
そして、それがモニカを撃ち殺した(かもしれない)事とも、つながるのかな。
「目的は、あるんだろーね。ほんとに狂ってないんだとしたら、だけど」
Lが腕組みを解いて、肩をすくめて、
「でも、それがわかったとしても、なるほどねー、とはならない気がするよな。そもそも、発想がおかしいんだから。ロリポリを爆破する、それ自体がありえねーじゃん。ヌガノマ(ホワイト)にしてもそう。いくら嫌いで憎たらしいからって、オレ達はあいつを銃で撃ったりはしないでしょ。まあそもそも銃なんて持ってないけど。仮に持ってたとしても、撃てねーんじゃねーかな、いくら相手があいつでもね」
そう云われて、ちょっと心苦しい、かな。
僕は、いや、僕じゃないけど、でも、ナガヌマのゴーストが、あいつを投げ飛ばしたのは、僕の体で、だから。
「それはまた話が違うだろ。襲い掛かって来たから、反撃して投げ飛ばした。それは正当防衛じゃん。オレだって、ラファエルであいつをひっくり返したり、頭突きをかましたりしてるけどね。あれは正当防衛。いきなり撃つのとはわけが違うでしょ」
そう云って、Lは少し上を向いて、
「あーまあ、いきなり襲い掛かって来た時に、たまたまこっちが手に銃を持ってたとしたら、撃っちゃうかもね?いやあ、どーかな。それでも撃てねーかな、銃だもんね。下手したら殺しちゃうと思ったら、撃てねーんじゃねーかな」
それは、そうかも。
僕も、絶対の自信はないけれど、たぶん、撃てない。
「その違いだよね」
ぴこん、とガブリエルが人差し指を立てる。
「ボクらは、銃なんて撃てない、って普通に思える。ロリポリを爆破するなんてとんでもない、とも思う。そこが、そもそも違うんだよ。ブラウンは、そうじゃない。ロリポリを爆破できるし、ヌガノマ(ホワイト)を躊躇いなく撃つことができる。だから、そんな彼の目的や理由がわかったとしても、とてもボクらにも納得できるものだとは、思えないよ」
そもそも違うから
だから目的や理由がわかったとしても、納得はできない
そうかもしれない。
ハナの海でナナと見た、ナガヌマの記憶を思い出す。
あの地下で、逃走したナガヌマとモニカを追うために銃を持ち出したホワイトを蔑むような目で見て、
「だいたいおまえ、撃てるのか。そんなざまで、威嚇も何もないだろう」
嘲笑うように、見下すように、ブラウンは云ってた。
おまえ、撃てるのか。そんなざまで
平然とそう云い放ったブラウンは、撃てるのだろう。躊躇いなく、良心の呵責もなく。
まるで息をするように嘘をつき、当然のように人を撃つ、そんな人間がいる。
何だかそれは、悲しい、と云うか、寂しい、ような気がするけれど。いや、残念、かな。
同じ人間なのに、どう頑張っても相容れない、受け入れられない、そんな人もいる、というのが。
とても悲しくて寂しくて、残念な気がする、けれど。
「だから、ルリさんが正しいよね」
ガブリエルが顔を上げて、いつものやさしげな笑みを浮かべて云う。
ルリおばさん?
「うん。爆弾魔の時に、ルリさん云ってたでしょ。「逃げ回るのよ」って」
あ、云ってた。
「そうね、だから、逃げ回るのよ。引っ越しでも何でもして、降りかかる火の粉から逃げ回る。それしかないでしょ」
それしかない
確かに、ルリおばさんの云う通りだ。
降りかかる火の粉を、払うでもなく、避けるでもなく、逃げ回る。
僕らには、それしかできない。
それは、僕らがまだ子供だからとか、じゃあもし大人だったらとか、そんな事は関係ない。
相手は銃を持ち、迷いなく後ろから人を撃ち、躊躇いもなく爆弾を送りつける、そんな輩だ。
逃げ回るしかない。
それがすごく悔しいとか、僕らにも何かができるかもとか、何とかしなきゃいけないとか、そんな事を思う余地もない。
相手にせず、逃げ回る。関わらない。構わない。つながりを持たない。
ただそれだけしか・・・、
「K」
震えるような魔法の声に呼ばれて、顔を上げる。
心配そうな灰色がかった眼と眼が合って、J、どうしたの、と思う。
「おまえ」
Lに呼ばれて、目線を動かす。
きれいな青い眼が、困ったように細められて、
「なんて顔してんの」
掠れたハスキーボイスでそう云われて、思わず自分の頬に触れる。
顔が、冷たかった。
なんて顔してんの?
僕は、どんな顔をしてたの。
「犯人を、にらみ殺そうとするみたいな顔、かな」
ガブリエルに困った声でそう云われて、驚いた。
犯人を、にらみ殺そうとする?
そんな事、微塵も思ってもいなかった、けれど。
ぽん、とやさしく僕の肩に手を置いて、ガブリエルが囁くように、
「モニカの事、悔しいのは、わかるよ。いや、「わかるよ」なんて、そんな簡単に、気安く云っちゃいけないのかもしれないけど。でもね、キミを心配する人たちの事、どうか忘れないで」
ぽん、ぽん、ゆっくりと諭すように僕の肩をそっと叩きながら。
「キョウコさん、キイチロウさん、ナナちゃん、ハナちゃん、ルリさん。それに、親分もだね。みんな、キミの事、心配してるんだよ」
え、ちょっと待って。
ガブリエルは何を云ってるの。
僕は、本当にそんな事は、カケラほども思っていなくて。
いや、それは、確かに、悔しくないとは、云えない、かもしれない、けれど。
でもだからって、犯人に対して、何かしようだとか、そんな気持ちはぜんぜん・・・
「全然ないって顔には、見えなかったぜー?」
ハスキーボイスはいつも通り、だけれど、Lの顔は笑ってなかった。
「今にもここを飛び出して行きそうな顔してたぞ。真っ青な顔で、無表情で、眼だけぎらぎらさせて」
云われて、もう一度、今度は両手で顔に触れる。
やっぱり、冷たい、けれど。
そんな怖い顔してたの。
本当にぜんぜん、そんな事は思ってなかった、のだけれど。
「K」
魔法の声に呼ばれて、もう一度、Jを見る。
灰色がかった瞳の表面を、うっすらと涙の膜が覆って、今にもこぼれ落ちそうに揺れてる、Jのきれいな眼。
「ガブリエルの云う通り、だよ。忘れないで、Lもガブリエルも、Kを心配してる。もちろん、わたしも、だよ」
うん、
・・・ごめんなさい。
Jの涙を見たから、ではないけれど。
3人がこんなにも心配するくらい、僕は知らずに、ひどい顔をしてた、って事なのかな。
そう思ったので、素直に謝ってた。
僕自身も気づかないような、怒りや悔しさ、それが知らずに顔に出てた、って事なの。
モニカの事は、確かに悔しいし悲しいし、やるせない。
そんな言葉だけじゃ云い表せないくらい、今にも叫び出したくなるような思いが、僕の中には確かにある。ずっと、ある。Mの灰の海で、あの「記憶」を見た時から、ずっと。
けれど、それとは別に、とても冷静な気持ちで、どうする事もできないのは、わかってる。
ガブリエルの云う通り、そしてルリおばさんの云う通り、逃げ回るしかない、それもわかってる。
心の中は冷静で落ち着いていて、きちんとそう思えていた、つもりだったのだけれど。
そう思い込んでただけ、なのかな。
本当は、Lの云うように、今にもここを飛び出して犯人を探し出して追い詰めたい、そう思ってたのかな。
そんな事、僕にできるとは、思えないけれど。

「ごめんなさい」
もう一度、声に出して謝って、3人にぺこりと頭を下げる。
僕の肩に乗せたままだった手で、ぽんともう一度、そっと肩を叩いて、ガブリエルはいつものやさしい笑みを浮かべてた。
くるりとJは後ろを向いて、部屋の壁のピカピカ光るパネルやモニターが並ぶ方を見て、きっかり5秒後に振り返ると、いつものJに戻ってた。
LはそんなJを見て小さく肩をすくめて、僕を見て、ニッと笑う。
「Mちゃんってさー、ちょっとJに似てるよね」
唐突に、Lはそんな事を云う。
「わたし?」
Jはきょとんとした顔で、Lを見る。
うん、とLは前を向いたまま、うなずいて、
「少しでも危険性があると思える事は、徹底して云わない、って所とかね。おまえも、云わなさそーじゃね。頑なにだんまりを決め込むでしょ、頑固だから」
ちらり、とJを見る。
「そう、かな」
Jはあごに人差し指を当てて、上を向いて考えるポーズ。
「真面目で正直なところも、だねえ」
ガブリエルが云う。
「黙ってた事をきちんと謝りながら、「今も変わりません」って云ってたよね。きっぱりと」
そう云われて、あの時のMの言葉を思い出す。
「嘘つき、という点で云えば、私も、あなた方に「嘘」をついています」
突然、Mはそう告白して、その後で、「言い訳をしてもよろしいでしょうか」とわざわざ断って、
「あの時点では、私は、少しでもあなた方に危険が及ぶような事、その可能性があるような事は、口にすべきではないと考えていたため、です。いいえ、今もその方針は変わりません。もしも私の知る事で、あなた方に危険を及ぼすような事があるとしたら、私はそれを口にしません。あの時の「腹部」の落下場所の情報と同じように、私はそれをあなた方に云わず、隠そうとするでしょう」
真っ直ぐに、そう云ってた。
けれど、Jに似てる、かな。
真面目で真っ直ぐなところは、確かに似てなくもない、気はするけれど。
ふむ、とあごに人差し指を当てたまま、Jは目線を上げて、
「そう云えば、Mちゃんで思い出したんだけど」
そう云って、くるりと眼だけで僕らを見渡して、
「ドーリーさんは、どうしてハンスさんの所にいるのかな。Kのところではなくて」
唐突に、話が飛んだような気がして、僕は少々面食らう。
Mで思い出したけど、ドーリーは何故ハンスの所にいるのかな、僕のところではなく?
Jは今、そう聞いたの。
「あれ、飛躍しすぎだった?ごめん、考え事しながら云ったから、かな」
Jが苦笑すると、Lが首を振って、
「いやあ、つながってるよねー。Mちゃんの隠し事つながり、だろ?」
ニヤリと笑う。
隠し事つながり
Mは、ドーリーについても、何か隠してるの。
でも、何を?
Lは少し肩をすくめて、
「そこまではわかんねーけど、隠されちゃったからね。でも何か隠してる。ドーリーちゃんがハンスちゃんの所にいるって話した時、Mちゃん、すげー驚いてたよね」
それは、覚えてる。
ハンスについて聞かれた時、初めてパーティで会った時の説明をしながら、ドーリーも一緒だった、と話したら、
「ドーリー?つまり、先ほどのモニカのゴースト、彼女が、彼と一緒に?」
緑がかったきれいな眼を見開いて、Mは驚いてた。
ありえない、とでも云うみたいに。
僕は、モニカがラボにいた頃に、幼いハンスの面倒を見てくれていた事を彼自身から聞いてたので、何でそんなに驚くのだろう、と思った。
ドーリーがハンスのそばにいるのは、そんな幼い頃の縁もあるのだろうから意外でも何でもないと、僕は思ってた、のだけれど。
うん、とガブリエルがうなずいて、
「ハンスに関しては、Mはボクらサイドだよね。疑わしいと思ってるか、少なくともあまり信用してない」
ボクらサイド、と云うのは、
ガブリエルやLやナナ、ハンスを警戒してる側、という事かな。
僕やJやルナ、ハンスは疑わしくないと思ってる側、ではなく。
Lがうなずいて、
「うん。ルナチャンが、「じゃーモニカちゃんは、ハンスちゃんのお母さんみたいな感じ?」って聞いた時、Mちゃんはきっぱり否定してたよね。「子供と云うより、あくまでひとりの患者として看ていたようです」ってね。だから余計に驚いたんじゃね、何でそのモニカちゃんが、ゴースト化してハンスちゃんのそばにいるの、ってさ。Jも一緒だろー?」
急に話が元に戻るので、僕はまた、置いて行かれたような気分になる。
Jも一緒、なの。
困った顔で苦笑して、Jは僕を見て、
「今のは、Lが飛躍しすぎだよね。わたしは、モニカさんが「わたしの希望」って云うくらい、大事に思ってた「キクタ」おじいちゃん、Kのそばにドーリーさんがいるならわかるけど、どうしてハンスさんなのかなって」
「だから一緒じゃん」
Lはニヤリと笑う、けれど。
僕にはモニカの記憶が何ひとつ残っていないから、ドーリーが僕のそばにいない事に、それほど違和感はない、のかな。なんとなく、寂しい気はするけれど。
それでも、ドーリーはわりと頻繁に会いに来てくれるし、意味はよくわからないけれど、タロットカードで何かを伝えようともしてくれてる。
ナナは「あやつ、儂らで遊んでおるのでは」とか云ってたけれど。
「あー、んん?じゃあ、ドーリーちゃんにも「キクタ」の記憶はないのか?いやあ、違うな。だってMちゃんをロリポリに飛ばす時点で、「わたしの希望」を覚えてたんだもんね」
あ、そっか。じゃあドーリーは、覚えてるのかな。
ゴースト化しても、記憶がなくなるわけではないのは、ゲンゴロウ先生やナガヌマを見る限り、間違いなさそう、だけれど。
ぴこん、と遠慮がちに、ガブリエルが人差し指を立てる。
いつものやさしい笑みが消えた、彼らしからぬ深刻な表情で。
「今の話とも少しつながるんだけど、Mの事で、ひとつ、僕の想像を話してもいいかな」
想像
Lの「最強語り」みたいな感じ、って事かな。
「どうぞ、聞かせて」
お決まりのセリフで、Jが続きを促す。
「どっち側かで云えば、ドーリーも、ボクらサイドだよね。ハンスに対して、何か警戒してる。だから、ドーリーがハンスのそばにいるのは、監視のため、じゃないのかな。親しみや何か情のようなものではなくて」
淡々と、静かな声でガブリエルは云う。
監視のため
ドーリーは、ハンスを見張ってる、って事?
でも一体、ハンスの何を?
それには答えず、ガブリエルはゆっくりと人差し指を振って、
「覚えてる?4年前に、モニカが博士のラボでハンスに会った、っていうMの話。ハンスが云うには、アメリカからこの街へ戻り、真っ先に博士のラボへ様子を見に行ったら、そこにドーリーがいた。何故か、彼はそんな嘘をボクらについた。けれど、Mが見たモニカの記憶では、ルナの黄金虫を探して、博士のラボを訪れたモニカの前に、アメリカから戻ったハンスが姿を現した。そして、「ぼくの所へ戻って来ませんか」とモニカを誘った。モニカは「まだやるべき事があるから」とその誘いを丁重に断った。そういう話だったよね」
ガブリエルの言葉に、僕は無言でうなずく。確かに、Mはそう云ってた。
Jもうなずいて、Lは青い眼をきらきらさせて、ガブリエルをじっと見てる。
「まず前提として、Mは嘘をつかない。彼女が云うように、ボクらに危険が及ぶ可能性のある事を、Mは口にしない。けれど、彼女が口に出す事、ボクらに話す事に嘘はない。ボクはそう思ってるよ。だから、4年前にラボでモニカがハンスと会い、そこで交わされた会話は本当の事。ハンスに誘われて、モニカが断った。それは事実なんだと思う。でも、それで全部じゃない」
全部じゃない
Mが僕らに云わなかった事が、まだある、って事?
「そう、ボクらに危険が及ぶ可能性のある事がね、きっとある。何故なら、Mはハンスを警戒してる。ただ仕事に誘われて、忙しいからと断った。本当にたったそれだけの事なら、Mがあそこまでハンスを警戒するかな。たいして残念そうでもなく「それは残念です」とハンスは答えたそうだけれど、その云い回しひとつ取っても、Mはハンスをかなり警戒してるよね」
そうかもしれない。
あの時、Mの声色は明らかに変わってた。
ハンス、と云うのはH・O・アンダーソン博士の事ではありませんよね、と確認するように僕らに尋ねた後で、ルナの説明を聞いて、Mの声が変わった。
「H・O・アンダーソン博士のクローン、ですね。車椅子の男。あなた方は、彼と会ったのですか」
僕らが初めてMと会ったあの時、Mの意識空間で目を覚ましたキクヒコさんと対峙した時の、警戒するような、固く冷たく尖ったMの声。あの声と、同じだった。
ガブリエルは人差し指を立てたまま、少し眼を伏せて、
「あくまで、想像だけどね」
そう、念押しをするように云って、
「Mは、モニカの最後の記憶を、ボクらに見せるつもりは、なかったんじゃないかな。少なくとも、今回、ボクらがMの元を訪れて、最初にルナの話を聞いていた時点ではね。それに、記憶を見せる前にも、まだ迷ってる風だった。嫌なら断っても構わない、ボクらにそう云って、ナナちゃんやルリさんにも、ダメならそう云ってほしい、って確認してたよね。迷いながらも、モニカの最後の記憶を見せる事にした。ボクらに少しでも危険が及ぶ可能性のある事は、決して口にしないMが、だよ。実際、あの「記憶」がボクらに与えた衝撃は、かなりのもの、だよね。それをわかっていながら、Mがあえてボクらにあの記憶を見せたのは何故か。少しでも危険性のある事は口にしないと云い切るMが、それでもボクらにあの記憶を見せた理由は?」
ガブリエルは言葉を切り、ゆっくりとJを見て、Lを見て、僕を見る。
そして、口を開く。
「ボクらが、ハンスに出会ってしまったから、じゃないかな。ボクらがハンスを知らないのなら、あの記憶を見せる必要はない。見せるとしても、本当に最後の最後、あの「灰の海」でモニカがMをロリポリに送り出すところの記憶だけで良かったはず。嵐の晩に橋の上で撃たれるモニカの記憶も、西の地下道の入り口で倒れるモニカの記憶も、見せる必要はなかった。でも、見せずにはいられなかった。闇夜に紛れて、モニカを後ろから撃ち殺すような危険な犯人がどこかにいる、それをボクらに知らせずにはいられなかった」
きれいな青い眼を伏せて、ガブリエルは大きく息を吸い込んで、続ける。
「4年前、ラボでハンスと出会ったモニカは、その時にハンスの秘密を知ってしまった、としたら?何か、ハンスにとって致命的な秘密。決して誰にも見られてはいけない何かを、モニカが見てしまったのだとしたら?ハンスが、モニカを口封じのために殺そうと考えても、不思議じゃない、よね」
サーッと、頭から血の気が引く音を聞いたような気がした。
冷えた血が、僕の両肩から背中を滑り落ちるように感じ、ゾクッと体が震える。
ハンスが、モニカを殺したの?
「とても恵まれた環境とは云えないあの地下の穴ぐらで、死にかけのぼくが死なずに済んだのは、モニカのおかげだったのでしょう」
いつもの大袈裟な動作もなく、かすかに微笑んでそう云ってた、あのハンスが?モニカを?
「4年前、アメリカから戻ったぼくが真っ先に確認に向かうと、「揺り籠」で眠る父を見守るように、そばにドーリーが佇んでいたのです」
ひび割れたスピーカーのような声で、けれどしんみりとやさしくそう云ってたのは、彼の嘘。
何故ハンスは、僕らにそんな嘘をついたの。
「其処で何かがあったのか。おぬしの、ハンスに対する警戒心は、それが理由か」
ナナがMにそう尋ねたのは、まさかあの時点で、その可能性に気づいてたの。
「あるいはまた、ハンスがおぬしらに嘘をついたのも、それが理由やも」
4年前に、ラボで再会したモニカとハンスの間で、何かがあった。それを隠すために、ハンスは僕らに嘘をついた。
「否定します。特に何かがあった、という訳ではありません」
ナナの問いに、Mは静かに首を振ってそう答えた。
それは、僕らに少しでも危険が及ぶ可能性のある事を、彼女は決して口にしないから?
本当は、何かがあった
それを知れば僕らにも危険が及ぶような、何かが?
「あくまで想像、だよね」
そんなハスキーボイスが耳に届き、僕は自分の呼吸が止まっていた事に気づいたみたいに、大きく深く息をつく。
紅茶の香りがする、現実が戻って来る。意識空間ではあるけれど。
あくまで想像
Lの言葉を、僕は頭の中で繰り返す。
そう、あくまで想像だ。
「もちろん、あくまで、想像だよ」
ガブリエルが、いつものやさしい声で云う。
「証拠は何もないし、こう云っては失礼かもしれないけれど、車椅子のハンスが、あの嵐の中、モニカに見つからずにこっそりと後をつけて、暗闇に身を隠して銃で狙撃する、っていうのは、少し、いや、かなり無理があるよね」
Lも肩をすくめて、
「だなー。しかも、その後のエレベーターの修理と遺体の隠ぺいまでって考えたら、絶対あいつひとりじゃ無理だよねー。まあでも、サスペンスドラマとしては、なかなか「最強」の出来だったけどねー。ほら見て、KもJも固まっちゃってるし」
ニヤリ、とLは笑って、隣に座るJを人差し指でつんつんつついてる。
Jは、はっと息を飲んで、ガブリエルをじろりとにらんで、
「もう、ガブリエルは、話がうますぎだよね。思わず、引き込まれちゃう。あくまで、想像だよね。ありえないよね」
念を押すように云う。
「さすがにね。一流大学卒の、一流企業の顧問だよ。そこまでしないし、できないでしょ。まあでも、映画やドラマだと、わりとそういう人が犯人だったりもするんだけど」
冗談めかして、ガブリエルはいつものようにくすっと笑って、
「けど、途中まではわりと合ってると思うけどねえ。Mがあの記憶を見せたのは、ボクらに警戒を促すためなんだと思うよ。それから、あの時ナナちゃんも指摘してたけど、4年前にハンスとモニカの間に何かがあって、Mがそれをボクらに云ってないのも、たぶん、合ってる。ボクらに危険が及ぶ可能性のある、何かがね」
警戒を促すため
それは、わかるような気がする。
それが、ハンスに関する事なのかどうかはともかく、危険な殺人犯がどこかにいるのは、紛れもない事実。
Mが口を閉ざしているという、4年前にモニカとハンスとの間で起こった、僕らに危険が及ぶ可能性のある何か、については・・・
「はい、ブッブー」
Lが突然、ルナみたいに両手でバツ印を作って、僕に云うのでびっくりした。
「まーた、おまえはー、考えすぎは悪い癖だよー?Mちゃんがオレ達の事を思って、あえて口に出さなかった事なんだったら、もうそれ以上考えなくていいの。あれこれ余計なコト考えて、挙句にまた何かやらかしちゃったら、それこそ、Mちゃんの好意を無にするコトになるでしょ」
それは、そう云われてみれば、そうなのかも。
いつものことではあるけれど、
僕の考えすぎの悪い癖、そろそろ直さないと、だね。
うん、とガブリエルはいつもの笑顔でうなずいて、
「ちょっと、脅かしすぎちゃったかな、ごめんね。でもまあ、ボクもさっきキミに脅かされたから、これでおあいこだね」
ふふふ、と笑う。
「あくまで、ボクはハンスを警戒してる派だからね。そんなボクの、ただの想像として聞いておいて。キミはこれまで通り、ハンスを信用してる派で、それでいいんだよ」
そう云って、ソファにもたれ、ぐっと背中を伸ばして、
「どのみち、キクヒコの事では、まだハンスを頼らざるを得ないからねえ」
ため息みたいに、云う。
キクヒコさんの件、
ゲンゴロウ先生が監視カメラでモニターしてくれてはいるけれど、いつまでもあのまま、無人の研究棟にひとりぼっちで置き去りにしておくわけにも、いかないよね。
「うん。移送にはボクも立ち会いたいから、次の週末でどうかなって、メールで相談してるよ。親分も、土日ならトラックが空いてるから、気兼ねなく使えるって云ってくれてる。ハンスからはまだ返信がないけど、問題なければ来週の土日のどちらかには、運び出せそう、かな」
来週の土日、
だったら僕も行くよ。
「そう云うだろうと思ったよ。キミはキクヒコ派だもんね。親分も、キミがいたほうが張り合いがあるだろうし」
キクヒコ派
そんな派閥もあるの。だとしたら、ガブリエルもそうだよね。
「どうかな。ボクはアンチかもしれないよ」
ガブリエルはくすくす笑ってるけれど、口ではそう云いながらもキクヒコさんの事を心配してくれてるのは、僕にもわかってる。

ぱちん、と指を鳴らして、Lがみんなの分の紅茶を淹れ直してくれる。
白い湯気とともに、ふわりとやさしい香りが漂って、固まってた心が、ほっとほどけるような気がする。
「ひとまず、こんなところかなー」
どすんとソファに身を投げるようにもたれて、両手を上に投げ出して、Lがため息をつくように云う。
「めでたし、って感じじゃ全然ねーけど、まあ、続き物だからねー。Mちゃんが味方だってわかって、一段落ってとこだよねー」
また何だかよくわからない事を云って、少し疲れたみたいに笑う。
そう云えば、Lとガブリエルは、そろそろお屋敷に着く頃かな。
Jはもう、とっくに教会に着いてるだろうけれど。クロちゃんだから速いし、直線距離だったらススガ森よりだいぶ近いよね。
「うん、着いてるよ」
Jがにっこり笑って、
「こっちもさっき着いたぜー」
Lもニヤリと笑う。
「Nは、しばらくこっちで預かっても・・・」
ガブリエルが云いかけて、固まる。
たぶん、裏でNと何かやり取りしてるのかな。
ガブリエルがくすくす笑い出したと思ったら、
「あー、N、「すぐにでもひとりで帰る」って云い張ってるよ。キミの事が心配らしい。「キクタにこそ監視が必要でしょう」ってさ」
監視
それは、ごめんなさい。
Nにまで、そんな心配をかけてしまうなんて。
「まあ、Nの気持ちはすごくわかるので、ボクの体に戻り次第、Nはお返しするよ」
ふふふ、とガブリエルは楽しそうに笑う。
「ネコチャンが見張っててくれるなら安心・・・かな?いや、おい、待て、おまえ、ふたりならとか、ネコチャンの体でなら、どこへ行ってもおっけーって意味じゃねーからな?」
Lがめずらしくまじめな顔で云うので、驚いて僕の背筋が、しゃんと伸びる。
もちろん、わかってる。わかってます、どこにも行きません。
僕が次に行くべき場所は、ハナの海の記憶の保管庫。
ルナといっしょに、ナガヌマの記憶の中へ、「カントリーロード」を探しに、だよね。
「うん、ちゃんとわかってるよね」
Jの魔法の声に云われて、あらためて、「うん」と声に出してうなずく。
Lの云う通り、「めでたし」という感じでは、全然ないけれど。
それでも、
「あの子達は、私の希望です。彼らが、あの素敵な夢を叶えられますように」
モニカの祈りが、僕に力をくれる。
だから、

「キクタ!」
不意に、母の声に呼ばれて、僕の部屋を「振り返る」
「はーい」
返事をしたら、
「父さん帰ってきたわ。出かけるから、降りて来て」
階下から、母の声が云う。
出かけるの、この時間から?
って事は、買い物のついでに、どこかへ晩ごはんでも食べに行くのかな。
「はーい!」
返事をして、Lの基地を「振り返る」
ごめん、父と母と出かけることになった、みたい。
云ったら、ガブリエルがくすっと笑って、
「キョウコさんって感じだねえ。いいよ、もう会議も終わりだし、行ってらっしゃい」
ひらひら手を振る。
うん、とLもニヤニヤ笑って、
「土曜日だもんね。ふつーの小学生っぽくて、いいんじゃね。じゃあ、オレ達も解散するかー」
どっこらせ、とソファから立ち上がる。
Jもソファから立ち上がって、
「明日の日曜はゆっくり休んで、月曜は、またハナちゃんと公園へ行く日だね。じゃあ、また来週」
胸の前で小さく右手を振る。
うん、そうだね。じゃあ、また来週。
3人に手を振って、「振り返り」、ドナドナモードを解除する。
机の上のバッグとスマホを掴むと、僕は部屋を出て、階段を小走りに駆け下りた。

タイトルとURLをコピーしました