don’t let me down v

屋根裏ネコのゆううつ III

ぱちんと指を鳴らして、3人の分のお茶を出す。
「それで?」
少し困ったような笑みを浮かべ、ルリおばさんが僕らをくるりと見渡して、
「どうせあんた達、昨夜もあの後、会議してたんでしょ」
軽いため息まじりに云う。
それはまあ、ご想像の通りで。
会議と云うより、ぐるぐる思考が巡るばかりで、深みに嵌りかけたところを、Jの魔法とNの不思議パワーで救われてたのだけれど。
「ジーンの魔法?と、ノワールの、何ですって?」
ルリおばさんは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔で、Jを見て、僕を見る。
「あーそれね」
Lがニヤリと笑って、昨夜の話をルリおばさんに説明してくれる。
Jは恥ずかしそうに俯いて頬を染め、また顔の前でぶんぶん手を振ってた。
「ふぅん」
聞き終えると、ルリおばさんはまたいつものように軽くうなずいて、
「1/fゆらぎは、聞いた事あるわね。世界の歌姫、みたいなシンガーの歌声とか、滝の音や波の音なんかにもあるっていうあれでしょ」
云ったら、Jはテーブルの上で顔を伏せたまま、両手を前に突き出して、ストップ?みたいなポーズをしてる。
「何よ、ジーン?そんなに照れる事ないでしょ。しかもノワールが云うんだから、まあ間違いないんじゃない」
重ねてルリおばさんに云われたJは、がっくりとテーブルに突っ伏して、横目でちらりと僕をにらんでる?
え、僕のせいなの。
ガブリエルがくすくす笑って、
「まあ、云い出したのはKだからね、「魔法の声」。でも、本物なんだから、にらんじゃダメだよねえ」
云うと、Jは慌てたように顔を上げて、またぶんぶん両手を振り回して、
「ちょ・・・、ちがう、にらんでないよ。ちょっとだけ、恨んでるけど」
恨んでるの。
「いやあ、そっちの方が怖いよね。本物の魔女じゃん」
はっはー、Lは楽しそうに笑い飛ばしてる。
まあ、Jにだったら、恨まれるのもにらまれるのも、僕はぜんぜん、だいじょうぶだけれど。
「それも1/fゆらぎの効果?だとしたら、洗脳みたいな事もできそうだねえ。あくまで、Kに対しては、ね」
ガブリエルがくすくす笑って、Jににらまれて、「ごめん、冗談だよ」と謝りながら、
「さて、ミカエル、そろそろ出かける準備して。あ、それから、Jもだよ。用事がなければ、だけれど」
出かける準備?
Lとガブリエルと、Jも?
「えー何で?おまえ、どっか行くの」
Lがあからさまにめんどくさそうな顔になってる。
「お好み焼きパーティだよ。ルナからメールが来てね。ミカエルとJも誘って、って」
あ、出かけるって、それなの。
「どこで?まさか、リバーフロントホテルのスイートで?」
「いやいや、ホテルじゃお好み焼きは出来ないでしょ。ニュータウンのKの家で、だよ」
「何故、今?」
Lは、すっかり忘れてるのかな。驚いた顔で尋ねてるけれど。
「え、オレ?忘れてる?そんな何か、約束したっけ」
首をかしげて、オレンジの空を見上げてるので、
「Lが云ったんでしょ。うちの母に「みんなでお好み焼きパーティやろー」って。たぶん、僕が入院してた時、かな」
そう云ったら、ぴこんとつながった、らしい。
「ええ、何ヶ月前よ。あれ、夏だよね?キョウコさん、それを覚えてたって事?」
たぶんね。
それで昨夜、ホテルでルナとその話になったんじゃないかな。今朝起きたら、もうすっかりそういう事になってた。今、4人で買い物に出かけてるよ。お好み焼きパーティの、材料を買いに。
そう、僕が説明をしていたら、
「あー、おねぇちゃん来てるー」
ふわりとテーブルの脇に、ルナが現れて、びっくりした。本当に神出鬼没だね。
「シンシュツ何ー?」
ちらりと僕をにらんでから、
「もー起きてもだいじょぶなのー。まだゼッタイアンセーなんじゃないのー」
「だから寝てるわよ、ちゃんと病室で。それであまりにも退屈だから、ここでみんなとおしゃべりしてたのよ」
さっき、病院内をぐるっと回ってた事は、ルナには内緒って事かな。
「あんたこそ、買い物中でしょ。パーティやるんですってね」
「そーそー。って云うか、みんな何してるのー。がぶちゃん、ちゃんとみんなに知らせてくれたのー?」
「知らせたよ。そろそろ出かける準備しようかって、ちょうど話してたところだよ」
ついさっき、だよね、知らせたの。
と云うか、ルナひとり増えただけなのに、どうして急にこんなに賑やかになるの。
さっきまで、みんなで和やかにおしゃべりしてたのに。
なんて思っていたら、玄関の呼び鈴が鳴る。
ルナ達、帰って来たのかな。荷物を運ぶのを手伝って、って事かも。
そう思って、玄関へ向かい、中からドアを開けると、そこに立っていたのは茶髪の大男で。
「何でなの」
思わず、口に出して云ってしまった。
アイは不思議そうに頭を掻きながら、
「何でって?おまえのお袋さんに呼ばれてさ。お好み焼きパーティやるからって」
何なの、キョウコさん、この行動力。
「ああ、そっか」
まあ、上がって、とアイを家の中へ招きながら、
「アイが家に来たけど」
「海」で云ったら、Lは吹き出して、Jは眼をまんまるにして、ガブリエルはくすくす笑ってた。
「あー、ママが呼んでたよー」
しれっとルナが答えるのを、ルリおばさんが鋭く反応して、
「ママ?って誰よ。まさか」
「うんー、キクタのママだよー。最初は「キクタのママ」って呼んでたんだけど、「ママって呼んでいい?」って、るなが聞いたら「いいわよ」ってー」
いつもの調子でそう説明されて、ルリおばさんは唖然とした顔になってた。
ふと気になったので、
「ルナ、うちの父の事は何て呼んでるの」
尋ねたら、
「あー、それねー」
いつもののんきな調子でルナが、
「るなは、「キイチロー」って呼びたいんだけどー。ほら、「ゲンゴロー」みたいな感じでねー」
また、よくわからないルナっぽい理屈だけれど、不思議と納得できる感じだね。
確かに、母が「ママ」だからって、父を「パパ」って呼ぶのは、何だか違うよね。
ルナのパパは、ゲンゴロウ先生なのだし。
「いいんじゃないかな。聞いてみたら?」
あの父の事だから、ダメとは絶対に云わないだろうけれど、と思いながら云ったら、
「ちょっと、キクちゃん」
ルリおばさんが慌てて何か云いかけて、
「いえ、何でもないわ。あんたの云う通りよ」
何か、諦めたみたいな顔で、肩をすくめてた。
え、僕が「いいんじゃない」とか云うの、やっぱりダメなのかな。
でもあの父だし、ルナに「キイチロー」って呼ばれても、たぶんニヤニヤしてる、よね。
「あー、それでねー」
ルナがくるりと僕らを見渡して、
「もうちょっとで帰るから、そしたら「荷物下ろすの手伝って」ってママが。それで、ママとハナとるなは、お家でパーティーの準備を始めるよー。キイチローは、そのまま車でLとがぶちゃんを迎えに行くーって」
早速聞いたのかな。早くもキイチローになってるけれど。
「それで、Jも来るんでしょー。だったらそのまま、キイチローに車で迎えに回ってもらうよー」
相変わらず、Jの都合も聞かずに勝手に決めてる。
「え、うん。喜んで?」
Jもあっけにとられて疑問形だし。
「ねえ、キクちゃん、あれ出してよ」
テーブルを指差しながら、何やら楽しげにルリおばさんが云うのは、視界の窓かな。
「そうそう。こんなに面白い暇つぶしは、なかなかないわよねえ」
お好み焼きパーティを見物するの、ここで。
それ、面白いのかな。
知り合いの家でホームビデオを見せられる的な感じなのでは。
「いやあ、それとはまた違うんじゃね。あくまで外野だもの」
「そうよ、気を使う必要もないし。登場人物は見知った顔ばかりだもの、面白いに決まってるじゃない」
そこまで云うなら、と、ぱちんと指を鳴らして、僕の視界の窓と、僕より面白そうなルナの視界の窓を並べて出した。
僕の窓にはリビングで我が家のように寛ぐアイが、ルナの窓には、ふわふわのドレッドヘア?あ、ハナを抱っこしてるのかな。
「ぐむむ」
Lが腕組みをして、何やら難しい顔でうなってるのは、何だろう。
「いやあ、悩ましいね。出かけるのめんどくさいし、オレもこっちでルリちゃんと見物しときたいところだけど」
ハナもいるのに?
「だよなー。ハナちゃんとお好み焼きパーティなんて、そんな楽しいイベント、見逃すわけにゃいかねーよなー」
ニヤリと笑って、どっこらせと席を立つ。
「窓を開けておいたら、ルリさんとも話せるし」
ご機嫌は直ったのかな、Jもにっこり笑って立ち上がる。
「じゃーよろしくねー。もーすぐ着くよー」
ルナが云って、ふわりと僕の頭に軽くチョップをして、来たとき同様、スッと姿を消してた。

「Lたちも来るって」
リビングを「振り返り」、勝手にリモコンでテレビをつけて眺めてたアイに云う。
「たちって?ジーンと、まさか、ガブリエルも来るのか」
アイが驚いたような反応をして、つけてたテレビをリモコンで消すので、あれ?と思う。
「え、アイって、ガブリエルに、もう会ってるよね」
だって、ガブリエルが(Lのふりをして、だけれど)学校へ来るようになったのは、もうひと月以上前、だし。
クラスは違うけれど、学校で顔を合わせる事もあるでしょ。
「ミカエルだと思ってるんじゃないの」
海でルリおばさんが云うけれど、え、まさか、そうなの。
レースのカーテンがふわりと揺れて、ガブリエルがくすくす笑いながら、
「確かに何度か廊下ですれ違ったりはしてたけど、わざわざ挨拶はしてないよ。だって、ボク、ミカエルとして登校してたからね。アイにも特に何も云われなかったから、たぶん」
じゃあ廊下ですれ違ったガブリエルを見ても、アイは「あれ、珍しいな。ミカエルが学校来てる」とか思ってたの。
ガブリエルの云う通り、アイは怪訝な顔で僕を見て、
「会うってどこでだよ。眼を覚ましたってのは、前におまえから聞いたけど、俺が会えるわけねえだろ」
ふてくされたような顔で云うけれど、いやいや、会えるわけはあるんだよ、学校で、普通に。
「じゃあ、後でボクからネタばらしするよ。アイだけ除け者じゃ、かわいそうだもんね」
ガブリエルが云うので、僕は、
「もちろん来るよ、ガブリエルも」
そう云うにとどめたけれど。
アイは何か長年の胸のつかえが取れたみたいに、パッと顔を輝かせてた。
そうだった、アイはアイなりに、ガブリエルの事をずっと気にかけて、心配してたんだものね。
あれ、という事は、「4人の赤ちゃん」が久々に同じ場所に揃うって事になるの、かな。
「あら、そうね」
ルリおばさんは特に何の感慨もないのかな、あっさりしたものだけれど。
「どうかしら、4人で並んでるのを見たら、そりゃちょっとは胸に迫るものもあるかもしれないわね」
ぜんぜん、まだ何も胸に迫ってないみたいに、さらりと云ってた。
「で、今日はいったい、何のお祝いだ?」
ソファに座り直して、太い腕を組みながら、アイが僕に尋ねる。
「お祝いではないんだけれど」
どうしたものかな、と思ったものの、アイだけ蚊帳の外っていうのも、何だかイヤだし。黙っていても、いずれどこかで聞いて、わかる事だよね。
そう思いながら、さすが、アンドウ先生は昨日の病院の待ち合いロビーでの事をアイに話してないんだな、と気づく。
「昨日、リバーフロントビルのマンションで爆発があったでしょ」
云ったら、アイはまた怪訝な顔になる。
「らしいな。爆弾だとか、無差別テロじゃねえかって話だけど」
「あの爆発があったのが、ルリおばさんの部屋でね。昨日、その時間に僕とJもたまたま遊びに行ってたんだよ。僕らは、無事だったけれど、おばさん、大学病院に入院してる。鼓膜が破れて、全治1〜2週間だって。昨日、病院の待ち合いロビーで、アイのお父さんにも会ったよ」
「おまえ、それ・・・」
ぽかんと口を開けたアイの顔に、「たいへんじゃねえか。パーティやってる場合かよ」って書いてある、ような気がする。
まあ聞いて、と僕は片手を上げて、
「それで、おばさんの部屋で一緒に暮らしてたのが、ハナとルナなんだけれど。アイも会った事あるでしょ、僕のクラスの転校生。おばさんが入院して、子供ふたりだけになっちゃうからって、うちの母が昨夜からふたりと一緒にホテルに泊まってるんだよ。お好み焼きパーティは、だから、だと思う」
「その、ふたりを元気づけるため、って事か」
僕の云い方がまずかったのかな。アイは神妙な顔になってしまうけれど、そんなに重いもの、ではないよね。
母はそう思ってるかもしれないけれど、当のルナとハナは、単純に楽しんでるはず。いや、もしかしたら、「おねぇちゃん」に会えなくて、少しは寂しさもあるのかもしれないけれど。
「母は、前から云ってたんだよ。「一度みんなを呼んで、パーティしよう」って。ちょうどいい機会だと思ったんじゃないかな」
云いながら、もしかしたらルナは、Lがアメリカへ行く事を母に話したのかもしれない、と気づいた。あのルナなら、きっと云うだろうし、そう聞いたら母は、黙ってはいられなかった事だろう。
家の外で車のクラクションが鳴って、バタンバタンとドアが開閉するのが聞こえた。
「戻ってきたかな。荷物を下ろすの、手伝ってほしいって、母が」
ソファから立ち上がりながら云ったら、アイはすっくと立ち上がり、
「おう、任せろ」
腕まくりをして、お得意の力こぶを作るポーズをしながら、ニッと笑ってた。

アイとふたりで玄関を出ると、家の前に停まった父のオンボロ軽自動車のトランクを開けてたルナが、
「アイ、これ持ってー」
さっそく指図してるのは、大きな段ボール箱に入った、キャベツかな。
「おう」
ニッと笑ったアイは、つかつかと進み出て、一抱えもある段ボールを軽々と持ち上げてる。さすが、だね。
「おおー、やるねー」
素直に赤い眼をまんまるにして、驚いた顔のルナが、あれ?着替えたの、かな。
今朝はいつもの学園の制服姿だったはずだけれど、今は赤いひらひらのワンピースを着てる。
「あーこれ、ママに買ってもらったんだよー」
えへへ、とルナはうれしそうに笑ってる。
見れば、ルナの向こうからひょっこり顔を出したハナも、お揃いの淡いピンクのひらひらのワンピース姿で。
へえ、と思って、何やら視線を感じて振り向いたら、母が何か云いたそうな顔で、僕をじっと見てた。
ああ、はい、あれだよね。感想を云うんだよね。
「かわいいね。ふたりとも、良く似合ってる」
これでいいんだよね、と思いながら、僕が云ったら、ルナが赤い眼をまんまるに見開いて、
「あんた、何なの。たまーにそーやって、びっくりするよーなコト云うよねー」
云ってから、母の視線に気づいたらしい。
「あ、なーんだー、ママが云わせたんじゃん」
「あたし?何も云ってないわよ」
母はしれっととぼけて、
「だって、朝からマンションへ着替えを取りに行ったら、この子ったら制服しか持ってないのよ?ハナは少しだけ、部屋着みたいなの持ってたけれど。ルナは同じのばっかり5着も6着も。そりゃ、お気に入りのかわいい制服かもしれないけど、だからって、ねえ。いくら学園の中でお父さんと暮らしてたからって、制服しか着ないなんて、勿体ないじゃない。せっかくかわいい女の子なのに」
だから、お好み焼きの材料を買いに行きがてら、ふたりにかわいいワンピースを見繕って来た、という事かな。
そうしっかり云い訳だけして、母は買い物袋を持ってさっさと玄関へ入って行く。「アイちゃんありがとう、それキッチンへ運んでくれる?」とか云いながら。
なるほど、いつもの母って感じだね。
「あたしも云い訳しとくけれど、近々買い物に行くつもりだったのよ?もちろん、ルナの服を買いにね」
ルリおばさんが「海」で云うと、えへへ、とルナが笑って、
「休みの日は、ルナが「探索」とかいろいろ忙しかったからねー。おねぇちゃんごめんねー」
心の声で云う。
「別にいいわよ。キョウコさんが楽しんでるなら、何よりだわ」
視界の窓を眺めながら、ルリおばさんは「ふふふ」と笑ってた。
ぴょこんと飛びついて来たハナを受け止めてたら、残りの買い物袋を父が玄関の中へ運んでくれて、
「じゃあ、みんなを迎えに行ってくるよ」
ひとりで車に乗り込もうとするので、
「僕も一緒に行こうか?」
父の背に声をかける。
もれなくハナもついて来そうだけれど。
いくら顔見知りだからって、みんなのお迎えに、父ひとりだけ行かせるというのも、何だか違うよね。
玄関の中で、キッチンの母に聞いてくれたらしい、ルナがこっちを振り返って、
「ママが、そーしてあげてってー」
云うのを聞いて、それはそれで、こっちに母とルナとアイが残る事になるのか、と思ったけれど、いや、こっちは何の心配もないよね、と思い直す。
アイがひとりで心細い?なんて思うはずはないし、何より一緒にいるのは、母とルナだものね。
「何の心配もないわね」
すっかりオブザーバーのようにゆったりとテラスの椅子にもたれて、ルリおばさんも太鼓判を押してくれる。
「じゃ、みんなのお迎えに行こうか」
ハナを抱き上げたら、
「はーい」
包帯ぐるぐるの右手を上げて、ハナはにっこり笑ってた。

ススガ森のお屋敷でLとガブリエルを、ホタルが丘教会でJをピックアップして、ニュータウンの我が家へ戻る。
Lは、「海」で聞いてて知ってたのだろうね。門の外でそわそわと待ち構えていた。そして、車が停まるなり助手席のドアを勢いよく開けると僕の膝からハナを抱き上げて、「ハナチャンハナチャンー、新しいお洋服もカワイイネーカワイイネー」と、いつものお約束の儀式をしてた。
家に戻ると、キッチンの床にドッカと腰を下ろしたアイが、「おう、おかえり」とか云いながらキャベツの外葉をバリバリ剥いてた。どこから引っ張り出したのか、黒っぽいエプロンをしてるのは、誰のだろう。父のかな。
母は、と見ると流しの方でたぶんまたキャベツの千切りを大量生産してるみたい。
Jが腕まくりをして、「手伝います」とずんずんキッチンへ入って行くのが何とも頼もしい。
ルナとハナは、大きなボウルを抱えて、お好み焼きの粉を練ってるのかな。ふたりとも、顔に白い点々がついてるのは、練った粉が飛んでるらしい。
「じゃあオレはカワイイチームを手伝おっかなー」Lも何やら腕まくりをして、ハナと一緒にボウルを支えてる。
ルナは両手で泡立て器を握り直して、「よーっし、いくよー」がしゃがしゃと勢いよく粉を混ぜ始めるので、あっという間にLの顔にも白い点々が飛んでた。
「がぶちゃんとおまえさんはこっち」
リビングから父に手招きされて、テーブルのセッティングとホットプレートの設置を手伝う。
前回、夏祭りの日はJと僕ら家族の4人だけだったので、ソファの方のテーブルにホットプレートを2台並べていたけれど。
今回は、何人いるの。
子供だけで、6人、7人かな。
「全員座れるの。席が足りないね」
思わずつぶやいたら、
「テーブルとソファに分かれたら座れるだろ。4人と4人で」
父が指折り人数を数えながら云うけれど、父と母を入れたら9人だよね。それは、自分を数えてないのでは。
ガブリエルも同じ疑問を抱いたらしい。
「キイチロウさんは、座らないの」
尋ねたら、父は当然のような顔で、
「がぶちゃんの家の執事さん、サモンジさんだっけ。彼も座らないでしょ」
またわけのわからない事を云う。
「サモンジさんは、執事さんだから座らないんでしょ」
あきれ顔で僕が云ったら、
「じゃあ俺も座らなくて大丈夫」
そう云って、父はニヤニヤ笑ってる。
あなたは執事じゃないでしょ、と突っ込みたかったけれど、まあいいか、と思う。
執事ごっこがやりたいおじさんなのだから、やらせておいてあげればいい、よね。
「たぶん、キョウコさんも座ってられないでしょうし、ねえ」
テラスでルリおばさんが、何やらため息まじりに云うのは、何だろう。
「何って、感心しちゃうじゃない。あたしには絶対無理だもの。こんな大勢の子供を集めて、お好み焼きパーティだなんて、考えただけでうんざりしちゃうわ。ニコニコしながらそれに付き合うキイチロウさんもね、さすがって感じよねえ」
何だか好き放題に云って、優雅にお茶を啜ってるけれど。
「そりゃそうよ、傍観者ってそういうもんでしょ」
ふふん、と笑ってる。
何だか少し、羨ましいな、と思った。
ルリおばさんが、ではなくて、傍観者的な立場が、かな。
僕もそんな風に、少し離れた場所からみんなをずっと見ていたいな、なんて。ただの妄想だけれど。

バタバタと賑やかに準備が終わり、「じゃあそろそろみんな座って」と母に云われてなんとなく席に着いたら、特に決めたわけでもないのにきれいに男の子チームと女の子チームに分かれてた。
ソファの方には、LとJとルナとハナ、テーブルの方には、僕とガブリエルとアイが座ってる。
2台のホットプレートは父と僕らに任せて、母はキッチンのコンロを使って、フライパンでお好み焼きを焼いてくれてた。
ハナは、早起きして朝から頑張りすぎたせいかな、食べ始める前にもうLの腕にもたれてすやすや眠ってた。
交代したわけではないのだろうけれど、オレンジの海の貝殻の風鈴が鳴って、ふわりとナナがいつもの席に現れる。
ぱちんと指を鳴らしたつもりでお茶を出したら、
「ご苦労な事じゃの」
視界の窓を眺めて、うんざりしたように云う。
ナナも、ルリおばさんと一緒って事かな、と尋ねたら、
「左様。傍観者が一番じゃ」
ふふん、と鼻で小さく笑ってた。

アイが、ホットプレートで焼き上がりつつあるお好み焼きを、意外と器用にひっくり返しながら、
「ガブリエル、おまえ、その」
何か云いかけるのを、ガブリエルが片手を軽く上げて、
「実はね、初めましてじゃないんだよ。もう学校で何度か会ってるからね」
さらりと云う。
「学校って、おまえ、いつの間に学校来てた?え、何組だ?」
アイは、怪訝な顔で、ガブリエルを見つめてる。
「それね。ほら、ボクの席、ないからさ。仕方がないから、ミカエルの代わりに、登校してるんだよ。先月くらいから、かなあ」
「え?」
アイは眼をぱちくりさせて、ガブリエルを見て、ソファの方のLを見て、最後に僕を見る。
おまえ、知ってたのか?そう顔に書いてあったので、僕はうなずく。
「Kには、いきなりバレてたよねえ。あれ、初日だったかな」
ガブリエルは思い出したみたいに、くすくす笑い出す。
「バレてたって云うか、どう見てもガブリエルだし」
きっちり三つ編みにして、制服のボタンも全部留めてるなんて、Lじゃありえないよね。
「え、俺、会ってた、よな。何度か、廊下ですれ違ったりしてた、な。てっきり、ミカエルがまた学校へ来るようになったのかと」
「そうだねえ。ボクもわざわざ挨拶しなかったし。みんなには内緒だから、さ。今から編入?って手続きが面倒らしいんだよね。だから、小学校はこのままミカエルとして通学して、中学からはちゃんと本人として行くつもりだよ」
ガブリエルがそう説明してくれるけれど、アイはロクに聞いてもいなかったみたいに、
「すまねえ」
テーブルに両手をついて、ぺこりとガブリエルに頭を下げてる。
「え、何で?」
きょとんとするガブリエルに、アイはまじめな顔で、
「気づいてやれなくて、すまねえ。だって、キクタはすぐ気づいたんだろ」
だからって、それをアイが申し訳なく思う必要なんてないのに。なんと云うか、すごくアイらしいけれど。
横のソファで聞いてたJがすました顔で、
「アイ、謝らなくていいよ。ガブリエルったら、わざとやってるんだから。わたしも、だまされたもん」
じろりとガブリエルをにらんでる。
「いやあ、だって、本当に気づかれないとはねえ。つい楽しくなっちゃってさあ」
へへへ、とガブリエルは苦笑して頭をかいてた。
「あ、だからねー、アイ」
ルナがぴこんと人差し指を立てて、
「学校では、がぶちゃんの事、「ミカエル」って呼ばないとダメだよー」
指をぴこぴこ振りながら、アイに教えてくれてる。
「おお、そっか。わかったぜ」
やさしいお兄ちゃんは、素直にうなずいて、ルナにぴこんと親指を立ててみせてた。
美味しそうに焼けたお好み焼きに、ソースをかけて切り分けて、小皿に乗せて僕らに回してくれながら、アイが、
「ともかく、おまえが元気そうでよかったぜ」
ホッとしたように微笑んで、ガブリエルに云う。
それを聞いたJが、またちらりとガブリエルをにらんで、
「ね。さんざん心配させといて」
魔法の声で云う。でもそれは、Jはもちろんだけれど、むしろLのセリフだよね。
そう思って、Lを見たら、Lは知らん顔で、腕に絡みついて眠るハナのドレッドヘアに頬を寄せて、ご満悦な様子だった。
たぶん、聞こえてて、とぼけてるんだと思うけれど。
「あれ、ナナちゃん来てるんじゃん」
からりと貝殻の風鈴が鳴って、Lがテラスへ飛び降りる。
体の方は、と見れば、ドナドナモードではなく、相変わらずハナにくっついてニヤニヤしてる。
器用だね、いつもながら。
「ナナちゃん、昨夜の話、聞こえてたの」
ナナの隣のいつもの席に座りながら、Lが尋ねる。
「夢うつつで聞いておった故、話半分程度にはの」
まだどこか眠たげな顔で、ナナが云うと、
「あー」
何を聞きつけたのか、ふわりとルナがテラスへ現れる。
「ゆうべの何?るな、聞いてないよー」
え、ふたりとも「海」へ来てしまったら、女の子チームがJひとりになっちゃうよね。
慌てて「振り返る」と、ルナはドナドナモードどころか、ふんふんとご機嫌でお好み焼きを焼いてる。
「だいじょぶみたいね」
Jが魔法の声で「海」で云って、テーブルの僕を見て苦笑してる。
ルナもLと同じか、それ以上に器用って事、かな。
「ルナチャン、昨夜来なかったもんね。キョウコさんとハナチャンと、何してたの」
がしっとテラスでLがルナをヘッドロック?みたいに捕まえてるけれど、リビングではハナにくっついたまま、ルナにそう尋ねてる。
「何って、泡のお風呂入ったり?」
ヨッとお好み焼きをひっくり返しながら、ルナは疑問形で、ちょうど焼けたお好み焼きをお皿に乗せて運んで来た母に、
「ママ、何だっけ、あの泡のお風呂?」
「ジャグジー、よね。あたしも初めて入ったけれど」
「へえ、部屋にジャグジーが付いてるの。さすがスイートって感じだねー」
「もうふたりで大はしゃぎ。あら、ハナ、眠っちゃったの」
お皿をテーブルに置いた母が、
「Lちゃん、重いでしょ。寝室のベッドへ連れて行こうかしら」
云ったら、Lが全力で首を横に振って、
「ううん、重くない。ぜんっぜん重くないよ。もう一生このままでもいいくらい」
笑顔できっぱり断るので、母はあきれたように笑ってた。
その母がキッチンへ戻って行くのを待って、Lがテラスで口を開いて、
「じゃあ、昨夜の話をさらっと共有するよー。J、その間、そっちで何か喋って場をもたせといてくれよなー」
とんでもない無茶振りをされて、Jが眼をまんまるにしてる。
「ちょ・・・」
あたふたと左右を見回して、手のひらをぱたぱたさせてるJに、アイが心配そうに、
「ジーン、おまえ、何してんだ。大丈夫か?水飲むか?」
グラスの水を差し出してる。
「え、あ、うん。ありがと」
少し驚いた顔で、それでも素直にグラスを受け取るJと、やれやれ、みたいな顔をしてるアイが、何だかとても微笑ましくて。
昔と同じ、仲良しの兄妹に戻れたみたいで、よかったね、と思う。
「何だよ、ニヤニヤして」
僕の視線に気づいたアイは、バツが悪そうにふてくされたような顔になってる。
「何も云ってないでしょ」
「おまえ・・・、ああ、まあいいや、とにかく食え。冷めちゃうぞ」
ごまかすように、アイはお好み焼きにかぶりついてた。
「なるほどの」
テラスではLの話を聞き終えたナナが、ふむ、と包帯ぐるぐるの右手を口に当てて、
「ノワールめ、さすがに長生きしとるだけの事はあるの。概ね、あやつの云う通りであろ」
長生き、ってナナが云うのは、どうなのだろう。
Nには確かに、老賢者のような落ち着きがあるけれど、実際の年齢は12歳って云ってたよね。
ナナがちらりと僕の視界の窓をにらんで、
「おぬしに云われたくはないの。縮んで忘れておるとは云え、そちらも80の爺いであろ。それに、ネコの12歳と云えば、人間なら60歳はゆうに越えておる。あやつも長生きと云って差し支えあるまい」
それはまあ、仰る通りだけれど。
それに実際、昨夜はNがいなかったら、僕は思考のぐるぐるから抜け出せていなかっただろうし。
「それと、Jの魔法とね」
Lがニヤニヤしながら云ったら、
「それはもういいってば」
お庭の窓から、Jがぴしゃりと云う。
Lは大袈裟に肩をすくめて、
「ひとまず、そんな所だねー。ハンスには、Kが近々、釘を刺しに行ってくれるんだよねー」
釘を刺しに
僕が行くだけでそれが刺せるかどうかは、甚だ疑問だけれど。
「さにあらず」
じろり、と薄灰色の眼でナナがまた僕の視界の窓を見て、
「おぬしが行く事で、こちらがただ恐れ慄いているばかりでない事は示せよう。あやつがクロかシロかはともかくの。いずれにせよ、あれの手の内に小僧を取られておる事もまた事実。ここで手をこまねいてはおられまい」
キクヒコさん、取り戻せるものなら、取り戻したいよね。
粛々と、目的に向かう、Nが云うのは、まさにそういう事だろう。
それに、ハンスには頼みたい事もある。
博士の眠る「揺り籠」、ロリポリの腹部を、ベースの本体の元へ「輪」で飛ばす。
それが可能かどうか。
物理的に出来るのかと、ハンスの気持ち的に、それを許容できるのか。それも確かめたい。
「疑惑の事もあるからねえ。ほら、例の「道具」のね。それを尋ねた時のあいつの反応も、気になるよね」
ふわりとレースのカーテンがゆれて、ガブリエルの心の声が云う。
ハンスが博士の中の「左手」に固執するなら、って事だよね。
テラスのルナが、首に提げたスマホをのぞき込んで、
「ねえゲンゴロー、キクタのスマホに入れるの」
唐突にそんな事を尋ねてる。
ゲンゴロウ先生を、僕のスマホに?
スマホ画面では、ゲンゴロウ先生のアバターが四角い眼をぱちくりさせて、
「それは、答えにくい質問ですね。「入れる」と云えば、何か私、悪意あるウィルスみたいじゃありませんか?」
「じゃー、入れないの」
「いえ、入れますけれども」
ウィルスみたい、とは思わないよね。入れるんだ、すごいね、とは思うけれど。
「そう云っていただけると、助かります、キクタさん」
先生は何故か僕におじぎをしてるけれど、いや、だって、普通にすごいよね。
「今どきはね、セキュリティやらネットリテラシーやら、いろいろ云われてるからね。おまえがそーいうのにうるさいやつじゃなくて、良かったって事だよ」
Lが何やらしみじみ云うのは、何なの。僕が慰められてるの。
「じゃあほら、キクちゃん、スマホ出して」
ルナがニヤニヤしながら、僕らのテーブルへやって来て、スマホを差し出すので、僕もポケットからスマホを取り出す。
「こう?」
ぴこん、と何か着信音みたいなのが鳴って、画面を見たら、ゲンゴロウ先生のアバターみたいなアイコンが増えてた。
え、これでもうゲンゴロウ先生が入ったの。
「私のアバターが顔を出せる「窓」がつながった、という感じですね」
そう「海」でゲンゴロウ先生が説明してくれて、ははあ、便利なものだね、と思う。
「あれ、おまえ、スマホ持ってんの」
アイがぴこんと反応するので、
「うん、最近ね」
「ははあ、母さんに持たされたのか」
アイはニヤニヤしながら云うけれど、何でそうなるの。
「違うけれど」
「いや、おまえみたいなやつには、持たせないとな」
うんうん、なんてアイは勝手にしみじみうなずいてる。
それは、あまり否定はできない感じだけれど。
「でも、つながらないのよ。昨日だって」
いつの間にいたのか、母がため息まじりに云う。
「そーそー、病院だからって、キクタ、電源切ってたんだよー」
ルナがここぞとばかりに告げ口してる。
「おまえね、マナーモードって知ってるか」
アイが困った顔で説明を始めるけれど、僕だってそれくらい知ってる。
病院では電源を切るのかと思ってただけで。
「まあいいや、アドレス交換しようぜ」
アイがポケットからスマホを取り出して、
「じゃあボクも」
ガブリエルもスマホを出したら、アイがパッと表情を輝かせるのが、何だか微笑ましい。
本当に良かったね、って思う。
宣言通りに席に着かずに、父がさっきからうろうろしてると思ったら、手にカメラを構えてた。
執事ごっこじゃなくて、すっかり写真おじさんになってたらしい。
ふと思いついて、
「ルナ、こっちのテーブルに来て。で、アイとガブリエルはあっち、ソファに座って」
「何でだよ」
「まあいいから」
眠るハナを抱えたままのLは動けないので、Jが隣に移動して、その両脇に、アイとガブリエルに座ってもらう。
「父さん、4人を撮って。あ、ハナもいるから5人だけれど」
云ったら、ルリおばさんがテラスで「ふふふ」と笑う。
「キクちゃんって感じね」
ルリおばさんに見せたかったのももちろんあるけれど、キクヒコさんが眼を覚ましたら、写真を見せてあげたいなと思って。
「はいよ」
カメラを構える父には、たぶん意味はわかってないのだろうけれど。
わからないよね、まさかあの「4人の赤ちゃん」が、眼の前に揃ってる、だなんて。
Jが教会の子だとは父も知ってるけれど、養子縁組の事までは知るはずもないので。
「みんなすっかり大きくなっちゃって。あたしも年を取るはずよねえ」
そんな減らず口を云いながらも、ルリおばさんは視界の窓を眩しそうに眼を細めて見つめてた。
「いやあ?大きくなっちゃったのは、アイだけじゃね」
Lも負けじとそんな憎まれ口を「海」で云って、照れくさそうにそっぽを向いてたけれど。

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