song for someone

屋根裏ネコのゆううつ III

Jが僕の肩にふわりと触れて、
「じゃあ、今日のところは、おいとましようか」
魔法の声で微笑む。
そして僕が返事をするよりも早く、ハンスの方を向いて、
「ハンスさん、どうもありがとう。キクヒコの事、よろしくお願いします」
ぺこりと丁寧に頭を下げてた。
ハンスもJに微笑み返して、
「はい。今は様子を見守る事くらいしかできませんが、何か変化があれば、すぐにお知らせしましょう」
いつものように両手を広げ、仰々しいほど丁寧なお辞儀をしてくれる。
問題ない。
何も問題はない、はずなのに。
何故か僕は、心がざわめくのを止められなかった。
耳の奥で鳴る「音」は、今は遠い風の音のよう。
警告音ではないし、ゴーグルの視界にも危険や危機を示すような「線」は出ていない。
だから、だいじょうぶ。僕らは、だいじょうぶ、そのはずなのに。
知ってか知らずか、ハンスはそんな僕の様子にはお構いなしに、
「姫様、どうぞご心配なく。親愛なるKは、ぼくがお送りしましょう」
にっこりとルナに微笑みかけて、ひらりと右手を振る。
Nを片手に抱いた僕の体がふわりと浮かんで、足元に光る「輪」が現れる。
振り向くと、ルナが僕にうなずきながらJの手をつなぐのが見え、次の瞬間には、僕は公園のベンチの前に立ってた。
そのままふらふらと、まるで磁力で引き寄せられるみたいに、ベンチの座面に崩れるように座り込む。
何だろう、ひどく、疲れてた。
「キクター?あんた、だいじょうぶー?」
Jと手をつないだルナがふわりとベンチの前に現れて、心配そうに僕の顔をのぞき込む。
ごめんね。何だろう、緊張して気を張り詰めすぎていたのかな。
そんなつもりは、なかったのだけれど。
「いやあ」
声にオレンジの海を「振り返る」とテラスでLが肩をすくめて、首を横に振ってる。
「あいつやっぱり、変わったね。何だろ、余裕がなくなってんのかな。何か焦ってると云うか、追い詰められてるみたいな?」
首をかしげるLの隣で、ふむ、とナナも僕の視界の窓をちらりと見ながらうなずいて、
「あやつの毒気に当てられたか。おぬしの所為ではないわ」
おかしくもなさそうにふふんと鼻を鳴らす。
毒気に当てられた、ハンスの?
そうなのかな。
むしろハンスはいつも通りで、僕の方が余裕がなくて、終始うろたえてたように思えるけれど。
「いいえ」
僕の膝の上で、Nが青と琥珀色の不思議な眼で僕を見上げて、
「Lとナナの云う通りです。今日の彼は少し変でした。まるで、罠にかかった動物のよう。何かにひどく怯え、恐れているように見えました。それが何かは、ワタシにはわかりかねますが」
淡々と云うので、ますます僕は困惑してしまう。
Nがそこまで云うからには、きっとそうなのだろう、けれど。
罠にかかった動物のよう
ハンスが?
ひどく怯え、恐れてる
いったい何を、だろう。
まあ、とLが腕組みしたまま顔を上げて、
「単純に考えたら、カムパニーじゃね。あいつも云ってた通り、ラボがバレたらさすがにやばいんだろーな。あいつ自身が、あの場所で何か悪さをしてた訳じゃねーにしても、さ。ラボからさらに遡って、あいつの素性、生まれ育ちがバレるのはまずいだろ。あいつはそもそも、ハンス・オスヴァルド・アンダーソン本人じゃないわけだしな。身分詐称って事にでもなれば、クヨウの顧問っていうご立派な社会的立場も失う事になるだろーし」
そう説明してくれるのを聞いたら、なるほど、と思う。
だったら、ハンスがそれを恐れるのも、わかるような気がする。
そんなたいへんな時なのに、僕らの事を心配してわざわざ様子を見に来てくれたのかな。今日は月曜だから、きっと公園にいるはず、と思って。
はあ、と大きなため息が聞こえて、顔を上げたら、
「あんたって」
ルナがあきれ顔で僕を見下ろして、
「ほんと、どこまでお人好しなの。あんなの、いつものハンスちゃんのポーズじゃん。そー見せたいだけ、でしょー」
大袈裟に肩をすくめて、ぷいっとそっぽを向いてた。
そうなの、かな。
思わず眼の前のJを見上げたら、Jは黙ったまま、困ったように苦笑する。そしてベンチの僕の隣に腰かけながら、ふわりと僕の頭をなでた。たぶん、無意識に、だけれど。
なんとなく照れくさくなってうつむいたら、首に提げたままだったルナのスマホが眼に入る。
画面はまだ暗いままだけれど、ゲンゴロウ先生、ちゃんと見えていたのかな。
「ルナ」
ストラップを首から外して、スマホをルナに返しながら、
「さっき、メールが来てたみたいだったよ」
思い出して、云う。
「メール?」
スマホを受け取ったルナが、画面をのぞき込んで、
「来てないけど」
首をかしげてる。
そうなの。じゃあ、通話の着信かな。
さっき確かに、スマホが震えていたのだけれど。
「んん、何も来てないよー。って云うか、あれ、なんで?ゲンゴロー、オフラインになってるよー」
赤い眼を細めて、ルナはスマホ画面をぴこぴこタップしてる。
オフライン、って事は、ゲンゴロウ先生、いなかったの。
「んー、わかんない。いつオフラインになったんだろ。「飛ぶ」前にスマホ見て、その時はいたんだよ。だから、「画面消しといて」って、るな云ったんだもん」
寝ちゃったのかな、とルナはふくれっつらで首をかしげながら、くるりと振り向いて電車ブランコへ駆けて行く。
ハナが抱えてるランドセルを受け取りに、かな。
「あれ?」
駆けて行くルナの後ろ姿を見つめながら、Jが魔法の声でぽつりと云って、首をかしげる。
「どうしたの」
尋ねたら、灰色がかった眼が僕を見て、少し困ったように微笑んで首を横に振る。
「ううん、何でもないの。ただ、ゲンゴロウ先生って、月曜日は講義があったんじゃなかったっけ。時間割、変わったのかな」
云われて、思い出す。
そうだった、月曜の午後はオンラインの講義で、サーバから、画面に何かレジュメ?とかを映して、声だけで授業をしてるって、前に聞いてた、よね。
大学の時間割って、こんな時期に変わったりするのかな。
それとも、サーバで授業をしながらでも、スマホにアバターだけ出したりもできるの?いや、まさかね。いくら便利な世の中でも、ゲンゴロウ先生がふたりに増えるわけではないのだし。
「休講?って云うんだっけ。今日は授業がお休みなのかも」
Jの魔法の声で云われて、ああ、なるほど、と思う。
大学の授業には、そういうのもあるんだね。じゃあ、今日はその休講?だったのかもしれない。
「キクター、「海」ー」
ルナがいつもの無邪気な声で、歌うように「海」で呼んでる。
見れば、ルナ自身は電車ブランコのハナの隣に座って、もうランドセルから出したおーちゃんを胸にとまらせてた。
ガブリエルも電車ブランコに戻っていて、Lは相変わらず、ハナのためにゆるゆると電車ブランコを漕いでくれてる。ふたりとも、たぶん意識はもう「オレンジの海」のテラスにいるのだろう。
「行こっか」
Jが微笑んで、ふたりで「オレンジの海」のテラスへ移動する。
いつもの席に着こうと椅子の背に手をかけたら、からからと貝殻の風鈴が鳴った。
テラスの入り口側の、トーテムの風鈴。誰か来たのかな。
振り向いてみると、テラスの下にモニカが立ってた、ので、どきっとした。
いや、モニカの姿を借りた、Mだよね。
「るなが呼んだんだよー」
へへへー、とルナが、Lの隣の席に座りながら得意げに笑ってる。
相変わらず、よく気がつくし、仕事が早い、ね。
「こんにちは」
テラスの階段を上りながら、モニカ、いやMがはにかむように微笑むので。
僕は、ホッとしたのかな、力が抜けて、その場に崩れそうになる。
「K?」
Jが横から支えてくれて、かろうじて椅子の背もたれを掴んで、そのままずるずると座り込む。
「K、どうしたのです?どこか具合でも悪いのですか」
Mが心配そうに駆け寄って来るので、慌てて顔を上げて、
「だいじょうぶ、何でもないよ。少し、疲れただけ、みたい」
僕は手を振りながら、苦笑する。
こんな事で参ってるようじゃ、ダメだよね。まだ何も始まってすらいないのに。
「揺り籠」をハンスに飛ばしてもらうのも、「尾」のコンテナを親分に運搬してもらうのも、まだようやくスタートラインに立ったところ、だ。
「始まってすらいない、か」
低いしゃがれ声が、オレンジの海に響いて、またどきりとした。
「号砲は、もう鳴っている」
ゆらりと影が揺らめいて、テラスの端、手すりの前にナガヌマが立っていた。
士官服姿、左眼に眼帯を嵌めた、ナガヌマのゴースト。
まさかナガヌマも、ルナが呼んだの。
そう思って横目で見たら、ルナも赤い眼をまんまるにして驚いた顔で、ナガヌマを見てた。
そんなわけない、ね。
それはさておき、ナガヌマの言葉、
号砲
もう鳴ってる、ってどういう事?
ナガヌマは少し肩をすくめて、
「おまえ自身が今ようやくスタートラインに立ったところ、だとしても、な。レースは既に始まってる。ならばなおさら、立ち止まっている場合ではないな」
無表情のまま、淡々と云うナガヌマの例えが、僕にはよくわからない。
既に始まってる、の。それはいったい、どういう・・・。
ふっと小さくため息をつくと、ナガヌマの闇夜のような黒い瞳がまっすぐに僕を見て、
「見つけたぞ、「左眼」を」
表情も声色も変える事なく、低いしゃがれ声で云う。
とっさに、思考が追いつかない。
「左眼」って、
まさか、金色の?
見つけたの?いったいどこで、いつ?
僕は息を飲み、声も出せずにいた。
たぶん、ナナもLもガブリエルも、ルナもJも、そして、Mも。
「つい先程、あの男、ハンスの部屋で、だ。おまえが「彼」に触れた時にな」
さも当たり前の事でもあるかのように、さらりとナガヌマは続けて、
「装置の中で眠る「彼」、キリノキクヒコか。「左眼」は、「彼」の中にある」
淡々と低いしゃがれ声で云う。
静かなオレンジの海に、その声が朗々と響き渡るように、僕には感じられた。

「ちょっ・・・と、待ってね。えーと、ナガヌマちゃん、ひとまず座ろうか。(J、椅子を出してくれる?)」
椅子から半ば腰を浮かせながら、Lが云う。青い眼を、これ以上ないくらいきらきらさせながら。
ぱちん、と指を鳴らして、Jがナガヌマの前に椅子を出してくれる。
ナガヌマがいるのは、テーブルからは少し離れた手すりの前辺りだけれど、そこが彼のいつもの場所、だね。
軽くお辞儀をしながら、ナガヌマはスッと椅子に腰を下ろす。
「えっと、まずそれ、云っちゃって大丈夫なやつなの。例の制約とかは?」
Lが尋ねると、ナガヌマは手すりに肘をかけ、素知らぬ顔で海を眺めながら、
「知らんな。だが、云えるからには問題ないのだろう。キクタが「彼」に触れた事で、俺には「左眼」の在処が見えた。それを俺が、「海を見ながらひとりごとのように話した」だけだ。何も問題はなかろう」
淡々とナガヌマが云うと、
「おっと、そーだったよね。話しかけちゃいけないんだった」
てへへ、とLは金髪の頭をかいて笑う。そして、椅子の上にあぐらで座り直し、腕組みをして考え込む。
「でも何で、キクヒコなんだ?いったいいつ、どこで、どーやって、あいつに「左眼」が入るの」
むむ、と難しい顔で、Lは青い眼をきらきらさせたまま、オレンジの空を見上げてる。
キクヒコさんの中に、御子の核の最後のひとつ、「左眼」があった。
さっきハンスの応接室で、僕が彼の体に触れた事で、僕の中にいるナガヌマにはそれがわかった。
それは、確かなのだろう。ルナの中に「左足」がある事も、博士の中に「左腕」がある事も、僕が知らせるまでもなく、ナガヌマはすぐに気づいてた。だから、間違いや思い過ごしという事はないはず。
けれど、Lの云うように、「左眼」がキクヒコさんの中にある理由が、僕にもまるでわからない。
いったいいつ、どこで、どうやって?
ルナがふっと顔を上げて、
「御子ちゃーん、いるー?」
まあそうだよね、呼ぶだろうなと思ったけれど。
ふわりと金色の靄が揺れて、それがテーブルの傍らに集まって小さな子供の形になると、
「ね、呼ばれるだろうと思ってたよ」
御子が姿を現し、楽しげにふわふわと揺れてる。
ぱちんと指を鳴らして、Jが御子にも椅子を出してくれる。
御子は軽やかにお辞儀をして、椅子の上にふわりと移動してた。
「おまえ」
じろりとナガヌマが御子をにらんで、
「俺が気づかなかったらどうするつもりだった。もしもあの時、ハンスが装置の蓋を開けるのを拒んだら?」
咎めるように云うのは、御子が以前から「左眼」の在処を知ってたから、なのだろう。
御子は「世の理」の制約によって、それを僕らに云う事ができない。以前にそう話してくれてた。
「どうするつもりもなかったよ。だって、どうにもできないでしょ」
平然と悪びれもせずに御子は云う。
「それに、あなたはちゃんと気づいたじゃない。みんなもそう、優秀だからね。どうして「彼」の中に左眼があったのか、それにもきっと気づくよ、すぐにね」
くるりと僕らを見渡して、予言のような事を御子は云う。
どうして「彼」の中に左眼があったのか
それにもきっと気づく
すぐに?
御子の云い方はいつも通りやわらかく穏やかだけれど、云ってる事はずいぶんと挑発的、だよね。
煽ってるようにも取れる?それとも、プレッシャーを与えてる?のかな。もちろん、御子にそんなつもりは、あるはずもないのだけれど。
「ぐむむ」
Lがへんなうめき声を上げて、でもその顔は、ニヤニヤ楽しそうに笑ってた。
御子の挑発に、燃えて来た、のかも。
「ちょっとー、御子ちゃんー?るな、それが聞きたくて呼んだのにー」
姫様はふくれっつらで、赤い眼を細めて御子をにらんでる。
御子はおどけるように、ふわりと揺れて、
「教えるまでもないんだよ、だってもうヒントはほとんど出揃っているし。後はそれを思い出して、順序良くつなげるだけだね」
ふわふわと楽しそうに、ルナの顔をのぞき込んで、
「例えばほら、姫様のあの力、「いたいの飛んでけ」だっけ。ぼろぼろのキクヒコに、あの力が発動しなかったのは、何故?」
ふわりと踊るように小首をかしげてる。
いたいの飛んでけ
御子の核である「金色の左足」、それを持つルナが使える不思議な力。
それは、左肩を撃ち抜かれたヌガノマホワイトの傷痕を瞬時に塞ぎ、流れ出た大量の血液さえも修復・補充するほどの、「御子の核」由来の治癒の力。
核が持つ「生かす機能」と同様に、意志や意識の力とは関係なく、治療を必要とするものがそばにあれば発動する。
だから、ルナがキクヒコさんの「記憶の梯子」に近づいた時にも、自動的に発動して、それを癒し修復した。
けれど、8年前、地下の落盤からぼろぼろになって研究室へ「飛んで」帰ったキクヒコさんに、その力は発動しなかった。
それは、何故?
「その時にはもうすでに、キクヒコの中に「左眼」が入ってたから、じゃね」
腕組みをしてたLの手から、人差し指がぴこんと立ってる。まだ、腕組みはしたまま、だけれど。
「じゃあ元々「左眼」は、キクヒコが持ってたのか?いやあ、それはないよなー。御子の核だぜ?人間の力くらいじゃ、取り出す事も動かす事も出来ない、だよね?」
Lが御子に尋ねると、御子は「その通り」と云うみたいに大きくうなずく。
「御子の核が体に入る条件はただひとつ。「死にかけてる」事だよね。ラボの揺り籠の中で「死にかけてた」博士に入ったように。墜落し燃え盛る輸送機の中、故障した生命維持装置の中で、「命の危機に瀕していた」ルナチャンに入ったように。キクヒコも「死にかけてた」はず。いったいどこで?地下の落盤で、か?」
Lの言葉に、僕の隣でJがハッと息を飲むのが聞こえた。
思わずJを見ると、灰色がかった眼が、まっすぐに僕を見て、云う。
「K、覚えてるでしょ、キクヒコの記憶。落盤から脱出して、Kのアパートに飛んでたよね。赤ちゃんのKが、ベッドから手を伸ばしてた、窓辺に立つキクヒコに向かって。それから、ロリポリのホールに飛んでた。その後は、どこかのマンションみたいな部屋。そして最後に、研究室の生命維持装置の中。その時にはもう「左眼」は彼の中に入ってた、だとしたら」
「ちょっと待ってください」
魔法の声を遮るのは、しっとりと降る慈雨のようなMの声。
「ごめんなさい。話の腰を折るようで申し訳ないのですけれど、今の状況を、私にも共有いただけますか。あのハンスの所に、キクヒコがいるのですか?それでK、あなたがナガヌマと共に、彼に会いに行ったのでしょうか?」
困惑しきった顔で、Mのヘイゼルの瞳が、僕を見る。
それは、そうだよね。
ルナの事だから、事情も説明せずに、いきなりMを呼びつけたのかな。
「ちょ・・・んにゃ、説明は、してないけどー」
ふくれっつらの姫様は、そっぽを向いてる。
「あーね、そりゃそっか」
Mちゃんごめんね、Lがぺこりと頭を下げて、今日これまでの話と、ハンスがキクヒコさんを生命維持装置ごと、無人のススガ丘学園の研究棟から彼のマンションへ「輪」で飛ばし、引き受けてくれた経緯を説明してくれる。
それからざっくりと、ブラウンによるリバーフロントビル爆破事件の概要も。
聞き終えて、Mはしばらく無言のまま、うつむいてテーブルの上に組んだ自分の手を見つめてた。
けれど、やがて大きなため息をついて顔を上げると、僕らをゆっくりと見渡して、
「まったく、あなた達は」
囁くように小声で云って、すぐに「いいえ」とかぶりを振る。
「状況は、概ね理解しました」
また、三日会わざれば、かな。
でもブラウンの襲撃は、僕らには不可抗力だよね。
だから、Mもあえてそれ以上は云わなかったのだろうけれど。
「ただ、ひとつわからないのは」
そう云って、Mはまっすぐにルナを見据える。
「あなたはそこで何をしているのですか?キクヒコ」
深いグリーンに輝くヘイズルの瞳に、何かを射貫こうとするような力を込めて。
一瞬、Mが何を云ったのか、僕には理解できなかった。
問い詰めるような、強い詰問調のMの声に、ルナがぴくりと背筋を伸ばして、
「え?」
赤い眼をまんまるにして、Mを見て、すぐに後ろをくるりと振り返って、そこに誰もいないのを確かめてる。
ただ、ひとつわからないのは
そこで何をしているのですか
キクヒコ?
Mはどうしたの。幻でも見てるのかな。
だって、彼がここにいるはずは、ないよね。
「まさか」
Lがハッと短く息を飲んで、
「A-0の能力か。目の前にいるアルカナを、検知できる」
ぽつりとつぶやいて、Mを見て、ルナを見る。
Mがゆっくりとうなずいて、
「はい。目の前にいれば、それが誰かはわかります。キクヒコ、あなたですよね。だったら何故、今の話をそこでそうして、じっと黙って聞いているのでしょう。その理由が、私にはさっぱりわかりませんけれど」
淡々と問いかけるやわらかな声には、咎めるような、責めるような響きがある。
その声に応えるみたいに、ルナが首から提げたスマホがブーンと振動して、画面が点灯する。
ゲンゴロウ先生のアバターが、困ったような顔でそこに映ってた。

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