stand by me iv

屋根裏ネコのゆううつ

切れかけた蛍光灯の明かりは、だいたい10mおき、時には15mおきくらいに、ぽつりぽつりと続いていた。
偶然それくらいの間隔で生き残っていると云うより、ぎりぎり見える範囲の明かりだけを保守交換している、のかもしれない。かろうじて人が歩けるだけの、最低限の明かり、という感じかな。節電か、維持管理コストの軽減のため、とかだろうか。
やっぱり今でも、蛍光灯の寿命から逆算して少なくとも2~3年以内には、ここに人の手が入っている、そんな風に見える。
これだけ大規模な施設なのだから、それ自体はさほど不思議な事ではないのかもしれないけれど。
でもそれは、照明設備だけだ。こと明かり以外には、人の気配を感じさせるものが何もない、そちらの方に僕は違和感を覚えてた。
まだここに人が来ているのなら、もう少し何か、物や痕跡が残されていても良さそうなものだけれど。
作業に使うあるいは使った道具とか、何かの機材とか、保守点検の記録やそれを保管する箱とかコンテナとか。
そういったものは今のところ何ひとつ、目にしていなかった。
見つけられないと云うより、きれいに片付けられているか、目につかない場所に仕舞われているだけ、なのかもしれないけれど。
「うん。やっぱりずいぶん前に放棄されている、と見るべきじゃないかな。この施設としては、だね。最低限の明かりが維持されてるのは、施設としてではなく、誰か個人の都合だろうね。ごく最近に、ここで明かりを必要とした誰か」
ガブリエルが云う通りなのだとしたら、施設を作り維持管理していた「組織」と、今ここに最低限の明かりを残している「誰か個人」とは、別々の存在、なのだろう。
組織としては、すでに放棄されている。
個人として、必要な最低限の明かりだけを灯してる。
そう云われてみれば、もうそのようにしか見えない。
個人は、「あいつ」だろうか。
では「組織」は、
「うん、物の管理やルールが徹底している組織、だろうね。例えば軍隊とかね」
前を向いて、Nの視界に注意深く目をやりながらガブリエルが云う。
軍隊
80年前、隕石落下の際、救援のために派遣されたというアメリカ軍が、隕石の調査および回収のためにこの地下施設を作った、その推察は、ほぼ間違いないのだろう。
だとすると、それ以降、ずっとここを保守管理しているのは、その軍なのだろうか。
物々しく厳重な地上のフェンスや、さっきの分厚い鉄の大きなハッチなどは、いかにもそれっぽい気がする。
軍が管理しているのだとしたら、今でも電気が通っている事も、別におかしくはないのかもしれない。
LもJも、それぞれに何か思うところがあったのかな。
みんな無言のまま、しばらく歩いていた。
10分かあるいは20分くらい、黙って歩き続けていたかもしれない。
地下道はほぼまっすぐで、途中に分岐や脇道もなかった。
ぽつりぽつりと思い出したように灯る蛍光灯の明かりの間隔が、少しづつ違うくらい。
それ以外は、何の変化もない単調な風景が続く。
ずっと同じ薄暗い地下道を歩いていたので、時間の感覚も距離感もよくわからなくなっていた。
不意に、Lが立ち止まる。
振り返って、歩いてきた道を懐中電灯で照らして、
「あのハッチから約2000歩。1歩が70cmとしたら、ざっと1.4kmってとこだなー」
そう云ったのは、僕の疑問に答えてくれた、という事なのかな。
歩数を数えていたとは、さすが、Lだ。
「んーまあ、オレも同じような事考えてたからねー。そんなことより、1.4kmだぞ?びっくりするのはそっちだろ」
確かに、Lの云う通りだった。
海沿いのクレーターの底の廃墟の地下、そこにあの巨大なホールのような作業施設があった。
ホールから東西に伸びる地下道のうち、東の先は北へカーブしたところで土砂崩れで塞がっていた。
西の地下道は、100mほど進むと丸くて分厚い鋼鉄の扉があり、その先の少し狭くなった幅4mほどの地下道を、僕らは歩いてきた。
クレーターの底から、100m+1.4km、
つまり西へ1.5kmだ。
あのクレーターは、教会のある丘の北側、ふもとから海沿いを廃線のレールに沿って数百m北上した辺りにあった。
きちんと測ったわけではないので想像でしかないのだけれど、緯度で云えば、ニュータウンと同じくらい、つまり僕の頭の中の地図上では、ほぼ横並びのイメージだった。
直線距離で云えば、これも正確には知らないのだけれど、ニュータウンから真っ直ぐ東へ進めば2kmあまりで海に出る、はず。
現在地が海沿いのクレーターからほぼ真っ直ぐ西へ1.5kmということは、あくまで僕の脳内地図で云えば、あと500mほど進めば、ニュータウンの真下辺りに着く、という事になる、のかも?
いや、その前に、あの古い市の下水道にぶつかるのかな。
あの工事現場のマンホールから、地下へ5〜6mほど降りたところに、直径2mくらいの地下道があった。
あちらも東西に伸びる地下道で、東へ80mほど進んだところにけものの巣穴のような横穴があり、そこでヌガノマに襲われて懐中電灯を奪われそうになり、東へ走って逃げた。
夢中で走っていたので、正確な距離はわからないけれど、300m以上は走ったように、あの時に思った気がする。
そこに、古い下水道があった。南北に通る下水道で幅5mくらい、さらに両側に1mほどの歩道がついていたので、全幅は7mほどだろう。
つまり、古い下水道はマンホールの真下から東へおよそ400〜500mくらいの位置にあった、はず。
この軍の地下道と、あの古い下水道は、どちらが古いのだろうか。
見た目で云えば、どう見ても市の下水道の方が古そうに見えた。
後からこちらの地下道ができたのだとしたら、あの下水道を避けるのでは。
「うん、まあ、このまま西へ進み続けるとしても、あの下水道にはぶつからないだろーね」
Lがうなずいて、云う。
「Kの云うように、こっちが後から作られたんだろーから、当然、避けて掘るだろーなー。この地下道の性質上、秘密にしときたいんだろーしさ。それに、たぶんだけど、そもそも深さが違うから、このまま真っ直ぐ行ってもぶつからねー気がするぞー。こっちの方がだいぶ深いんじゃね」
深さが違う
そうだった。
地上の道のように、真っ直ぐ進めば必ずぶつかるというものでもないんだ。
地下には、深さがある。
あの下水道は、マンホールの深さから考えても地下6~7mほどのところにあった。
こちらは、クレーターの底から12m、地上からの深さで云えば、17m以上あるはず。
あの下水道よりもさらに10mも深い。
ぶつからずに、下水道の下を通っているのだろう。
「うん。それにほんのわずかずつだけど、この地下道は、下り坂になってる気がする」
ガブリエルが、前を見据えたままぽつりとそう云って、
「はい、そのようです」
すぐに膝の上でNの意識体も同意してた。
それは、僕は気づかなかった。
気づかないくらい、ほんの少しずつ下っていた、のかもしれないけれど。
そうなのだとしたら、今は地下17mよりももっと深い位置にいるのかもしれない。
ほんの少しずつとは云え、その、ほんの少しの下りを1.5kmも進んできたのだから。
情報共有のために、Nの発言として、Lにも「地下道が下っている」事を伝えると、
「おお、さすがネコチャン、賢いねー」
あの甘ったるい声で云ってから、
「オレもそんな気がしてたんだよなー。確証がないから黙ってたけど。ネコチャンもそう思うんなら、間違いないんだろーねー」
そう云って、Lはうれしそうに「ふふん」と笑ってた。
1.5kmという距離もだけれど、下っている、という事にも、きっと何か意味があるのだろう。
80年前に、縦横4mもある大きな地下道を、1.5km以上にも渡って掘り進める意味。
深さ17mから、さらに地下深くへ、ゆるやかに下っていく意味。
ここまで来たら、もはや疑いようはないのかもしれない。
この地下道の行き先は、
「うん、あの工事現場の地下、だろうね」
「まあ、あの工事現場の地下、だよなー」
双子の声が、同時に云う。
やっぱり、そうなのだろう。
海沿いのクレーターは直径50mで、落ちた隕石の大きさは推定5m、だった。
地下には高さ8m、直径15mほどの巨大なホールと、そこから高さ7m、幅8mの地下道が、東から北へ向かって伸びていた。
地下道には、隕石を運び出すための鉄のレールも敷かれてた。
残念ながら、地下道の先は土砂崩れによって塞がれてしまっていたけれど。
そこから1.5kmもの距離を西へと伸びるこの地下道は、高さ、幅とも4mの大きさで、まだ西へ、そして少しずつ下へと続いている。
ニュータウンの工事現場にクレーターはなかったけれど、あくまでそれは、地上で見た限りは、だった。
Lの云うように、衛星軌道からの機密漏洩を防ぐために地上の穴を塞いでいて、クレーターはその下に隠されている、その可能性は十分にある。
あの工事現場の、何もない平らな地面を僕は思い出していた。
故意に踏み固められたような、不自然な固さの黒い土の地面だった。
あの工事現場が、もうひとつの隕石の落下地点だったのだとしたら。
それを隠すためにクレーターの穴を塞ぎ、周辺の斜面の土を平らにならしてローラーで踏み固めた、
そうなのだとしたら、あの不自然さにも納得がいく、そんな気がした。
目的地が、あの工事現場の地下なのだとしたら、あと数百mのはずだ。
Lがまた歩き始め、ラファエルとNも左右に並んで進む。
「何だろう、赤い光?」
少し進んだところで、Jがぽつりとそう口にする。
人間よりも多くの色数を視認できるというクロちゃんの視界で見てるから、なのかな。
Nの視界では、Jの云う赤い光は、わからなかった。
「んー?」
Lにも見えなかったようで、首をかしげながら歩調をゆるめて、右手の懐中電灯を消した。
赤い
地下の暗闇が、どこか向こうのほうにある赤い光にほのかに照らされている。
ぼんやりと赤く浮かび上がる薄闇の地下道?
この風景を、僕はどこかで見たことがあった。
どこで、と悩むまでもなくすぐに答えは見つかった。
あの「夢」だ。
Lが足を止め、ラファエルとNも止まった。
消防設備か非常ベルの表示灯か何かがどこかにあるような、ぼんやりとした赤い光に浮かび上がる、暗い地下道。
間違いない、あの「夢」で見た景色と同じだった。
遠くで低く鳴っていたあのサイレンのような音は、聞こえない。
どこかで何かが燃えているような、焦げ臭いにおいもしない。
もちろん、赤い薄闇の中を駆けて来るふたりの人影も見えず、その足音も聞こえなかった、けれど。
「ほほお、これはまた面白くなってきましたなー」
Lがまた、よくわからないキャラになって楽しそうに云う。
「Kが夢のあの子ちゃんに見せられた「誰かの記憶」の景色は、ここだったのか。それがほんとに「記憶」なのだとしたら、オレとJは、赤ん坊の頃にここへ来た事があるって事になるよねー」
あれが本当に「誰かの記憶」で、あのふたりに抱かれていた4人の赤ちゃんが、JとLとガブリエル、そしてアイ、だったのだとしたら。
4人の赤ちゃんは、この地下にいたの?
そして、若きルリおばさんとキクヒコさんらしき男性に抱かれて、
「安全な場所へ」
キクヒコさんらしきあの男性は、夢の声に「何処へ」と問われてそう答えてた。
迷いのない、強い意志を感じさせる口調だった。
4人の赤ちゃんを、必ず「安全な場所へ」送り届ける、という彼の揺るぎない決意のあらわれ、僕にはそう感じられた。
「その「安全な場所」が、うちの教会、だったのかな。まあ、安全には違いないかもだけど」
ぽつりとつぶやいたJの言葉に、ハッとした。
12年前、この地下道を通って、4人の赤ちゃんを教会へ運んだ、のだとしたら、
今日、ここまで僕らが辿ってきた道が、まさにその時の道なのでは。
ホタルが丘教会から、丘を下って廃線のレールを辿り、フェンスを越えて、クレーターの底から、地下へ。
その道を、12年前に彼らはここから逆に辿って、教会にたどり着いた。4人の赤ちゃんを託せる、安全な場所に。
ガブリエルが、隣で息を飲むのが聞こえた。
見ると、目をまんまるに見開いて、驚いた顔で僕を見ている。
「ここに来た事あるよねーどころじゃなく、さっきのホールも、あの廃墟もクレーターも、全部来た事あるって事じゃん。オレなんで覚えてねーの」
Lは腹立たしそうに云って、自分の頭を懐中電灯でポカポカ殴るジェスチャーをしているけれど、それは、無理というものでは。
いくら天才といえど、0歳児だったのだろうし。
それに、万が一、Lに0歳の時の記憶があったとしても、白いおくるみに包まれていて、あまり外も見えなかった、かもしれない。
「じゃあ、ふたりはどこから来たんだろうね。この先に、わたしたちのお家があったのかな?こんな、地下に?」
また何気なくそう口にしたJの疑問は、核心をついている気がした。
ふたりは、4人の赤ちゃんをどこから連れて来たのか。
4人の赤ちゃんは、どこにいたのか。
「うわ、やっばい」
つぶやくように云って、Lが懐中電灯を持ったままの右手で左の二の腕をさすっている。
あの公園や工事現場に入った時のアイと同じ「ぞわぞわする」というやつだろうか。
悪寒、かもしれないけれど、中身はアイとはだいぶ違うようだった。
何よりLの表情が、そう語っている。見たこともないくらい、楽しそうな笑顔、だった。
「ちょ・・・、L、揺れる、揺れるからそれ止めて」
左腕に止まったままだったクロちゃんが、Lの腕の動きに合わせて上下に揺れてる。
「なんだこれ、やっばいな。いよいよつながるのか、隕石も、能力も、4人の赤ん坊も?でもまだパーツが足りねーなー」
Lは左腕をさするのをやめて、右手の懐中電灯を点けて前へ向ける。
Jの訴えを聞いてやめたのではなく、懐中電灯を点けたかっただけ、なのかな。
「進もうぜー、いよいよラスボス戦じゃね?」
誰にともなくそう云って、Lは返事も待たずにずんずん進み始める。
ラファエルとNも慌てて後を追う。
いや、ラスボス戦?
それは、ないと思うけれど。
そう云えば、と僕は隣のガブリエルを見る。
さっき、ものすごく驚いた顔をしていたけれど。
ガブリエルは、ちらっと僕を見たけれど眼が合うと照れたようにすぐに前を向く。
「あー、いやあ、相変わらず僕らの名探偵は鋭いなーって、キミの推理にびっくりしてただけだよ。Jも負けじと天才だしねえ」
はははー、と照れ隠しをするように笑ってた。
「この先に、わたしたちのお家があったのかな?」
Jは、そう云った。
もしかしたら、「キクタ」は、それを僕らに見せようとしている、のだろうか。
4人の赤ちゃんのルーツとか、それに関する何かを?
なんとなく、そんな気がした。
けれど、いったい何のために?
いや、「キクタ」は関係ないのかもしれない。
あいつが、4人の赤ちゃんの何かを、知っているとは思えない。
あいつは、別の目的のために、僕らをあの工事現場の地下へ導こうとしている。
あいつの目的とは別に、4人の赤ちゃんの何かもまた、あの工事現場の地下にある。
おそらく、そういう事なの、かも。
懐中電灯を掲げて、暗い地下道を小走りに駆けて行くLに並んで、Nも軽く跳ぶように駆けていた。
「うう」
Lが走るので、左腕に止まったクロちゃんの体が揺れるのだろう。小声で、Jがうめくような声が聞こえる。
ラファエルは、何か気になるにおいでもしたのだろうか。走りながら、地面や空中のにおいを嗅いでいて、少し遅れがちになってた。
「ふむ」
Nがつぶやいて、走りながら少し上を向いて鼻をひくひくさせている。
「キクタ、嗅覚をつないでも?何かにおいます」
ガブリエルの膝の上で、Nの意識がそう云った。
僕はうなずいて、ガブリエルが「お願い」とNに囁く。
嗅覚がつながったのだろう、どこからともなく、かすかに鼻をつくようなにおいがする。
何かが燃えたか、焦げたような、そんなにおいだった。
過去に、火事でもあったのだろうか。
そう考えて、ぴこん、と何かがつながった。
あの「夢」のサイレンと、煙のにおい。
そして、あの工事現場のマンホールの下の地下道の、真っ黒に煤けた鉄の壁。
「火事だ」
思わずそう口にすると、Lが走っていた足を止めた。
急ブレーキにクロちゃんが腕から滑り落ちそうになり、ばさっと羽ばたいてバランスを取ってる。
あの工事現場のマンホールの下の地下道を西へ進んだ先は、すぐに行き止まりになってた。
分厚そうな鉄の壁で塞がれていて、その壁全体と天井のコンクリートボードまで、一面が真っ黒に煤で汚れてた。
そしてここと同じような、焦げたにおいがかすかに残ってた。
あの「夢」では、どこかで警報のようなサイレンがずっと鳴り響いていた。
そして、地下道にもうっすらと煙がかかり、焦げたにおいがしていた。
12年前、この地下のどこか、たぶんこの先の奥の方で火災が発生したのでは。
それで、ルリおばさんとキクヒコさんは、4人の赤ちゃんを安全な場所へ避難させていたの。
「あー、まあ「夢」の話を聞いた時に、なんとなくそんな気はしてたよねー」
懐中電灯を持ったままの右手で、Lは困ったように頭をかきながら云う。
「だから、この先に何があるかはまだわからねーけど、あんまり楽しくないもんもあるかもって、覚悟だけはしといたほうがいいぞー」
誰にともなくLはいつもの口調でそう云ったけれど、おそらくJを気遣っての言葉だったのだろう。
ごめん、と僕はふたりに謝った。いや、ガブリエルにも、だから3人に、だ。
不謹慎だった。少し、いやかなり、配慮が足りなかったね。
「おまえが謝ることじゃねーぞー。もう12年も前に、実際に起きちまったことだしなー」
Lは口元でニッといつものように微笑んで、そう云ってくれたけれど。
地下の施設で火災が起きて、4人の赤ちゃんをルリおばさんたちが助け出した、のだとしたら、それぞれの赤ちゃんの両親たちは・・・。
「うーん、亡くなったのかも、だね。だとしたら、それは悲しい事だけど。でも、わたしにもLにも、いるしね、やさしいお父さんとお母さんが。だから、K、そんなに気に病まないで」
Jのやさしい声が、耳に痛かった。
本当にごめん。
「もういいって云ってんだろ。それに、亡くなったと決まったわけじゃねーだろ。軍関係者なんだとしたら、火災が原因で全員本国へ撤収とかになって、帰国しただけかもしれねー。まあ、じゃあなんで赤ん坊4人だけ置いて行ったんだってのは、解せねーけど」
そう云って、
「あ、帰国で思い出したけど、大地震の時、アメリカだけじゃなく各国の日本支社の社員に一斉に帰国命令とか出てたらしいよ。地震が原因で原発事故があって、放射能もれの恐れがあったとかなんとかで。んん?それで思い出したけど、地震って12年前じゃね。なんですぐ気づかなかった?ここの火災の原因って、地震だったのかもよ」
Lは何やら考え込む顔になってる。
「え、大地震って何月何日に起きたの?」
Jが尋ねると、
「3月11日」
ちょうど思い出していたのか、Lは即答だった。
「じゃあ火事の方が1週間後だねえ。わたしたちの誕生日、3月18日。お父さんがわたしたちを教会で見つけた日、でしょ」
「あーまあね。いや違う、いま考えてたのは、赤ん坊だったから飛行機に乗せれないとかで、別便で船でとかそーいう可能性?でも違うなー。飛行機乗れないのは確か生まれて1週間とかだわ。さすがに4人揃って生まれて1週間以内だったとかは、ないよねー。それと、日付が地震より後なら、地震が原因ってのもありなのよ。設備が地震のせいで壊れてて、避難が優先されるから壊れてんのに誰も気づかなくて、漏電とかで日が経ってから出火とかね、当時結構あったらしいよ。まあ、いずれにしても今となっちゃ想像でしかないけどなー」
Lはそう云って、小さくかぶりを振る。
「それはそれとして、Kよ。マンホールの下の地下道も西側が鉄の壁で塞がれてて、煤で真っ黒だったって話。確かに聞いてたけど、オレも忘れてたわ。あれって地下5~6mのところじゃなかったか?オレたちが今いるここは?地下17mか、もっと下、だろ。つまりそれって」
ニッと笑って言葉を切る。
つまりそれって
地下5~6mの地点にも地下道があり、煤けた鉄の壁で塞がれていた。
僕等がいま歩いているのは、地下17mかそれ以上深い場所にある地下道で、焦げたようなにおいがかすかにする。
地下5~6mの塞がれた地下道の先と、僕らが進むこの地下道の先は、つながっているのかもしれない?
「そ、めっちゃでかい地下基地じゃね。やったぜー、ひゃっほー」
そう云うなり、Lはまた懐中電灯を掲げて小走りに地下道を駆けだした。
ラファエルは当然のようにすぐに従い、Nも慌てて並んで駆け出す。
「ちょっと、L、だから、揺れるってば」
Jの苦情も聞こえないのか、Lはごきげんな笑顔を浮かべて、スキップでもするみたいに跳ぶように地下道を駆けて行く。
本当に、LもJも僕にやさしい。
ふたりの気遣いに心の中で「ありがとう」と云って、
僕はみんなのために、何ができるのだろう、なんて、そんな事をふと考えてた。

200mほど、小走りに駆けて、さすがにLのスピードが落ちて来た。
無理もない。途中で休みを挟みながらとは云え、今日は朝から走り通しに走っているのだから。
気持ちだけは、まだ走っているつもりだったのかもしれないけれど、ほとんど歩くのと変わらない速度になってた。
だいぶ息も切れているらしい。時々、「ひい」とか「ふう」とか大きなため息のような声を漏らしている。
まっすぐにゆるやかに下る地下道の先に、ぼんやりと赤い光が見えた。
他に灯りはなく、前方にあるその赤い光だけが、まるで僕らを招くように、ほのかに灯っている。
20mほど進むと、ぼんやりとしていた赤い光の輪郭が、次第にはっきりと見えてきた。
非常灯のような人工的な赤い光が、地下の暗闇とそこを進む僕らを照らしている。
Lが懐中電灯を消さなくても、Nの視界で見ても明らかな赤い光が、正面のコンクリートの天井で禍々しい光を放っていた。
暗闇の中に灯る丸い光は、赤いひとつ目を持つ大きな怪物のよう。
その赤い灯りの下、地下道は、巨大な丸い鋼鉄の扉に行く手を塞がれていた。
さっきの扉と同じ、はずだけれど、赤い光に照らされたそれは、さっきよりも何か凶悪で不吉なもののように見えた。
焦げたようなにおいが、さらに濃くなったように感じた。
それでも、だいぶ時間が経っているせいなのだろう、息苦しさを覚えるほどではなかったけれど。
Lが懐中電灯の白い光を巡らせて、扉の周囲をぐるりと照らす。
左右に、真っ暗な地下道が伸びているらしい。
僕の方向感覚が間違っていなければ、北と南へそれぞれ向かう道、になるけれど。
そちらには明かりがひとつもなく、赤い光にぼんやりと浮かび上がる数メートルほどの範囲の向こうは、真っ暗な闇だった。
「あいつ」の姿は、どこにも見当たらなかった。
地下道はここまで一本道で、途中に横穴や身を隠せるような場所はなかったはず。
左右の暗闇の地下道に身を潜めている可能性もなくはないけれど、いや、それはないような気がしてた。
すでに扉を開いて、向こう側へ進んでいるに違いない。
ここまで明らかに僕らを導いて来て、この期に及んで暗闇に身を隠すとは思えなかったし、あからさまに怪しい赤いランプのハッチの向こう側にいるからこそ、この場に姿を現さないのでは。
そんな気がする。
「うん」
左右の暗闇を照らしていたLがうなずいて、
「まあ、そうね。左右のどちらかが正解なのだとしたら、そっちの明かりは点けておくと思うんだよね」
ふふん、と笑って僕の意見を肯定してくれる。
やがて、Lの懐中電灯の光の輪が、扉の右側の壁にさっきと同じパネルを見つけた。
パスコードは、同じ16桁の数字、なのかな。
「さて、どうかなー」
Lは楽しそうな笑顔を見せて、カバーを持ち上げ、懐中電灯を持ったままの右手の人差し指を伸ばして、キーを入力していく。
「ひらけごまー」
先ほどと同じ、15回のピッの後、16回目がピーッと長く鳴り響き、4本の鉄のかんぬきが壁に吸い込まれるように移動して、警告のブザーが大音量で鳴り響く。同時に、低い地鳴りのような音とともに扉がゆっくりと向こう側へ開いていく。
全員が、ほっと安堵の息を吐いていたかもしれない。
後は、扉が閉まる前に、くぐり抜けて向こう側へ行かなくては。
「行くぜ」
Lがうなずいて、小走りに扉をくぐり抜け、閉まる扉に巻き込まれない位置まで、進んだ。
すぐに振り返って、誰も巻き込まれたりしないかを確認する。
ラファエルもNもLの足元にいるし、クロちゃんはLの左腕の上だった。
さっきと同じように、1分ほどで扉はまたゆっくりと閉まり始める。
ごおん、という大きな響きとともに、重い扉が閉まると、ブザーが止み、赤い光も消えた。
お互いに無事を確認するように全員の姿を確認して、あらためて、前を向いて・・・、
息をのんだ。
全員が、そのまま固まってしまったように、動けなかった。
ラファエルさえも、前を見つめたまま、彫像のように微動だにしなかった。
ひんやりとした、冷たい風を感じたような気がした。
こんな地下深くにも風は吹くのだろうか。いや、そんな事よりも。
広い
あの海沿いのクレーターの下にあった地下ホールよりも、さらに広く高い空間が、眼の前に広がっていた。
横幅は、30m以上ありそうに見えた。
底の部分は、だ。
上へ行くにしたがって、左右の壁の間隔は広がっているようだった。
壁、と云うより、斜めのすり鉢状、になっている。
斜めのすり鉢状
まさか、ここがクレーターの底?
高さも、おそらく20m近くあるだろう。
天井付近は幅も奥行きもかなり広く、端の方は暗い闇に覆われていて、見えなかった。
青白い、蛍光灯らしき灯りがいくつか、ぽつりぽつりと灯っていたけれど、広すぎて、光の届かない影の部分の方が多いくらい、広かった。
天井も、高すぎて灯りが点いている部分以外は、ほとんどが周囲の闇に飲まれ暗くて見えない。
いや、その広さよりも何よりも、まず僕らを固まらせてしまったものが、眼の前にあった。
その体育館か、コンサートホールか、大きな美術館のエントランスのような広い空間の真ん中、僕らの眼の前、ほんの5~6mほどのところに、
巨大な黒い物体が、そこにあった。
縦横10m以上はありそうな、ごつごつとした丸い物体。
これは、
「隕石?」
喉のすき間から漏れ出たような掠れた声は、誰のものだっただろう。
それすらもわからないくらい、僕は呆然としていたのかもしれない。
天井から斜めに下がる何本もの太い鎖や鋼のワイヤーに、それは支えられているように見えた。
幅は横から見た路線バスと同じくらいあるだろうか。高さもほぼ同じくらいあった。
ごつごつとした表面には、亀裂のような模様のような黒い影の部分がいくつも走っているように見える。
「これ、ほんとに隕石か?顔があるけど」
呆然としたまま上を見上げていたLが、つぶやくように、とんでもない事を云い出した。
顔がある?
Nの視界が、Lの視線の先を追うように上を向く。
思わず、ぞっとした。
顔、なの。
確かに、その丸い隕石の真ん中あたりに、昆虫の複眼を思わせるような、大きな三角形の眼がふたつ、左右に並んでついている、ように見えた。
あれが顔なのだとしたら、これは、
「巨大なダンゴムシ?いや、顔はむしろあれに似てるな、深海にいるあれ、ダイオウグソクムシ?」
ダンゴムシ?
ダイオウグソクムシ?は、残念ながら僕は知らなかった。
巨大なダンゴムシ、そう云われてしまうと、もう丸いその形も、ダンゴムシが丸まったところにしか見えない。
ごつごつした表面に走るのは亀裂ではなく、外殻の継ぎ目に見える。
岩のような外殻を持つ、巨大なダンゴムシ。
隕石は、巨大なダンゴムシだったの?
言葉にすると、頭がおかしくなったのではと感じる、けれど、眼の前にあるものは、確かにそう見える。
「な。こりゃ隠したくもなるわ」
ふふっとLは笑った。
もうショックから立ち直って、好奇心の塊になっているらしい。
いつもの不敵な笑みを浮かべてる。
さすが、と云うか何と云うか。でも、とても頼りがいがある。
「こいつ、生きてんのかな?」
またLがとんでもない事を云い出して、僕は思わず体がすくんだ。
生きてる?
体長10m以上もある巨大な岩のようなダンゴムシが?
眼の前の、ほんの5~6mのところにいる、これが?
Nが、思わず後ずさっている。
今にもそいつがぱかっと大きな口を開けて、僕らは丸ごと食べられてしまうかも、とか、
そんな事を考えたわけではなかったけれど、この大きさなのだ。
ごろんと手前に転がってきただけで、僕らは簡単にぺしゃんこに潰されてしまう、よね。
「あー、いや、ごめん。そんなにびびるとは思わなかった。さすがに生きてるはねーだろ。だいじょぶだいじょぶ」
Lは、Nを見下ろして苦笑しながら右手で頭をかいてた。
そのLの左腕に止まったまま、じっと上を見上げていたクロちゃんが、ばさっと羽ばたくような動きをする。
「いたよ、あの子。ダンゴムシの上」
Jがそう云うのと同時に、クロちゃんはLの左腕を蹴って空中へ舞い上がってた。
距離を取りながら、上空を大きくぐるりと旋回して、ダンゴムシを上から見下ろせる位置にまで上昇している。
Nの視界がダンゴムシの上に移動して、暗視モードに切り替わったらしい。
暗く影になったダンゴムシの顔よりも少し上、顔と首?背中?の外殻のつなぎ目あたりに、ちょこんと腰を下ろした「キクタ」の姿を捉えた。
背筋が寒くなったのは、あいつを見たから、じゃなかった。
何て場所にいるの
足を滑らせでもして、あそこから落ちたらどうするつもりなの。人の体を何だと思って・・・
「K、落ち着いて」
「K、落ち着け」
双子が同時に云って
「だいじょうぶ、あいつ飛べるだろ」
やさしく諭すように、安心させようとするみたいに、Lが僕に笑顔を見せる。
あ、そうか、そうだった。
だいたい、あの場所へだって、ふわふわと飛んで登ったはず、だよね。
うろたえてしまったのが、何だか急に恥ずかしくなって、僕は小さく「ごめん」とふたりに謝る。
その時、
ダンゴムシの上に座っていた「キクタ」が、すっくと立ち上がった。
そして、飛んでいるクロちゃんをじっと見て、それから、下にいる僕らを見下ろして、
また、微笑んだ、みたいだった。
何しろ、暗いうえに10m近く上にいるので、表情まではよく見えない。
あのヘッドホンとゴーグルはまだ付けているらしい。
天井付近にある青白い蛍光灯の光が、ゴーグルのレンズに反射してきらりと光る。
「キクタ」は僕らを見下ろしたまま、ゆっくりと両腕を広げて、それを前に上げた。
何かを受け止めるような、抱きとめるような?そんな仕草に見えた。
そのポーズのまま、「キクタ」はゆっくりと口を開いて、
「よく来たな、勇敢な子供たち」
大きな声で、そんな芝居がかった台詞のような事を云った。
広い地下空間に、その声が響き渡って、残響がやがて消えていくまで、
僕らは黙ったまま、ただじっと「あいつ」を見上げていた。


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