noise & bubbles iii

屋根裏ネコのゆううつ

Lは、どうやって僕を見つけたのだろう。
ふとそんな疑問が湧いた。
Jによると、「泡」には色がついていて、僕ら3人だけが、他の人たちとは違う色「白」で、虹色の輝きをもっていると云う。
Lの「線」にも色があるとJは云っていたけれど、「泡」と同じように「線」にも特別な色があるのかな。
そう云えば、Jは、Lとの「力」の交換で実際にその「線」を見たことがあるはずでは。
そう思い、ふと目の前に座るJを見ると、にこにこしながら僕を見ている灰色の眼と眼が合った。
「あ、ごめん。キミの思考がくるくる回転するの、見てるととっても楽しいねえ」
そうだった、僕の右手とJの左手はまだつないだままだったから、考えてることは全部Jに聞こえてるんだ。
「いっぺんにいろんなことがあって、いっぺんにいろんなことも聞いて、キミが混乱しちゃわないかなあって少し心配だったんだけど、そんな心配はいらなかったみたいだね。キミってまるで名探偵か天才博士みたいにすぐに自分で答えにたどりついて、そこからまた新たな疑問にずんずん向かっていくんだもん。なんだか頼もしくてうれしくなっちゃうなあ」
ふふふ、とJは楽しそうに笑う、けれど。
それは、別に僕がすごいわけではなくて、Jのゆっくりとした丁寧な話し方や言葉の選び方にずいぶん助けられてるところが大きいと思うけれど。
でも、そんなに楽しかったのかな、チェシャ猫みたいなにこにこ顔だったけれど。
「え、わたし、もしかして、だらしない顔してた?」
Jは慌てて空いている方の手で口元を覆い、おどけるように、ふふふと笑う。
本当によく笑う子だな、と思う。でも、この笑顔に救われてるのもまた事実だ。
だって、眉間に皺を寄せて深刻な顔で公園に連れてこられたり、ずっと神妙な面持ちのままで「泡」の話をされたり、いきなり怖い顔で手を掴まれたりしていたら、きっとこれほどすんなりと全てを信じて受け入れることはできなかっただろうし。
「あれ?それってわたし、褒められてるのかな」
云った側から、Jはまたさっきのにこにこ顔に戻ってる。
「あ、もう」
ぷい、とふくれて見せて、すぐにまたJはふふふと笑う。
「ごめんごめん、ふざけてないで、さっきのキミの疑問にお答えしなきゃね。えーと、そうそう、Lの「線」にも色があるんだけどね、「線」と「泡」とではいろいろ違ってて、特に「線」の方はいろいろと難解なんだよね。もっかい「交換」しながら説明しようか。あ、さっきのおじいさん、もうどこか行っちゃったのかな、ふむー」
Jはきょろきょろと公園を見渡して、
「あー、あの子たちでもいいかな。じゃあ、行くよー」
空いた右手を、僕とつないだままの左手にそっとかぶせるようにして、僕の右手を両手で包み込んだ。
ぐるん、と世界が回る感覚。
最初の時ほど驚きはしなかったけれど、さすがにまだ少し慣れない。
「うん、これはなかなか慣れないよね。わたしもしばらく苦手だった。Lはずっとキモチワルイって云ってた。さて、さっきおじいさんの青い「泡」を見てもらった時にいっしょに説明してもよかったんだけど、いっぺんだといろいろ混乱しちゃうかなと思って、あえてスルーしてたの。あのワンちゃん」
Jの視界が、ベンチの前に寝そべる大きな黒い犬にフォーカスした。
なんと、犬の頭の上にも「泡」がある。
人だけじゃなくて、犬にもあるの。あれ、でも色が・・・、
「もう慣れたよ、K。キミのその、わたしが云おうとしてることを先回りする名探偵っぷりにはね、ふふふ」
色が薄い、というかほとんど見えない。かといって無色透明というわけではなく、あれは、灰色?
「はい、じゃあ次はこちら」
Jの視界がゆっくりと犬から離れ、公園の真ん中あたり、水の止まった古びた噴水へと移動する。
枯れた噴水を丸く囲むひび割れの目立つ縁石の上に、だらしなく体を伸ばして昼寝する黒ネコをその視界が捉える。
ネコにも「泡」があった。
こちらも犬と同じでほとんど色のない、半透明な灰色だった。
「はい、じゃあ次、あの子はどうかな」
Jは楽しそうに、公園内の動物を案内するツアーガイドみたいになってる。
また視界がゆっくりとパンして、公園の隅の物置小屋の屋根に焦点が合った。
屋根の上にはカラスが一羽、最初に見た時とほとんど変わらない位置で、やはり微動だにせずに佇んでいる。
そのカラスの頭上にも「泡」があった。色は犬やネコと同じ、半透明の灰色だったけれど、大きさが少し小さい。
そういえばネコの「泡」も犬のより少し小さかった。カラスの「泡」はさらに小さい。
「両手が塞がってるから拍手できないけど、ぱちぱちぱちー、よくできましたー」
どうやら、Jが僕に見せたいと思っていたものは、ひと通り見つけられたらしい。
ほっと一安心して、もしかして僕自身もこの探偵ゲームを意外と楽しんでいるのでは、と思う。
「楽しんでもらえたなら、それは何より。だって説明しなきゃと思ってる事を、次々にキミが云い当ててくれるんだよ、こんな爽快なのってなかなかないよね」
ふふふと笑って、「あ、片手離すよ」とJは「力」の交換を解いた。
ぐるん、と世界が回転する。いつもの僕の視界と「あの音」が耳の中に戻ってくる。おかえり。
「さて、Lの「線」の話をする前に、わたしの「泡」についてもう少し知ってもらったほうがいいかなと思って。その方が「線」と「泡」の違うところを説明しやすいから、ね」
ぴこん、とJは細くて長い人差し指を立てて、
「わたしの「泡」は人の頭の上にひとつずつ見えるんだけど、人だけじゃなくて犬やネコ、動物にもそれぞれひとつずつ見えるの。でもキミも気づいた通り、動物たちの「泡」はみんな同じ、くすんだ半透明の灰色なの。あ、動物って言っても全部じゃなくて、「泡」が見えない子もいるよ。カラスは見えるけどスズメやハトには見えないの。あとは魚も、学校の池の鯉とか金魚には「泡」は見えなかった。それと昆虫は全般的にダメみたい。「泡」の見える虫は今のところ見たことないなあ」
種類による違いだけなのだろうか。例えば、犬でも「泡」の見える犬と見えない犬がいる、とかは。
「今までのところ、それはなさそうかな。人もそうだけど。「泡」の見えない人って今まで見たことがないし、犬はどんな犬種の犬でも「泡」が見えてる。少なくともわたしが今までに見た人や犬については、という注釈がつくけどね」
なるほど。
じゃあ、人間以外の生物の「泡」の、見える・見えない、の基準はなんだろう。体の大きさだろうか。
「うん、Lも同じこと云ってた。それがわかれば一歩前進だぞって。それで、去年の春だったかな、学校の遠足で動物園に行ったときにいろんな動物を見てみたんだけど、残念ながらみごとにばらばらでね。キリンは見えるけどゾウは見えないとか、ワニは見えるけどカバはダメとか、トカゲやヘビは見えるけどカメは見えないとか。全部メモしてLと共有してるから、今度キミにも渡すね。」
ゾウやカバが見えないのなら、少なくとも体の大きさが基準ではなさそう、かな。
「うん。動物園全体で云えば、見える動物のほうが多くて、見えない子のほうが少なかったから、見えない子たちの共通点を探せば何かわかるかも、ってLとふたりで何度もリストを見返してみたけど、これもばらばらで。結局まだこれといって何も見つけられてないの」
キリン、ワニ、トカゲ、ヘビは見える。ゾウ、カバ、カメは見えない。
イヌ、ネコ、カラスは見える。ハト、スズメ、魚、昆虫は見えない。
いじわるなクイズみたいだ。ぜんぜんわからない。
「それと「泡」の大きさについてのキミの推理はLの考えとぴったり一致してたよ。やったね。Lは、頭の大きさとほぼ同じかなって云ってた。人の「泡」は人の頭の大きさ、ネコならネコの頭の大きさ、って」
さっき見た「泡」の大きさを思い返す。確かにそうだった。カラスの「泡」はカラスの頭部とほぼ同じくらいだったし、犬やネコもそれぞれ頭と同じくらいだった。
「Lが云うには、わたしたちの謎の「力」で、今のところヒントというか突破口になりそうなのは「泡」だって。「泡」は人や動物、それぞれとつながってるでしょ。物理的には少し離れて宙に浮いてるけど、えーと付随してる、って言ってたかな。その人の「泡」はずっとその人の「泡」、犬もネコもそう。だから数も多くてそれだけ比較対象があるってこと。それに、色もわかりやすい、って」
青と緑は安全な人、黄色と赤は近づかない方がいい人、だったっけ。そして人以外の生物は灰色。確かに、その色の本当の意味はわからないけれど、色によって何らかの区別がされているのは間違いなさそうだ。
「そう。つまり逆に云えば、Lの「線」はLにとっても「泡」より難解だってことなの」
わかりにくい、ヒントがない、あるいはとても少ない、ということだろうか。
「うん。Lの「線」はね、えーと、何ていえばいいかな・・・」
Jは空いている右手の細い指をあごに当てて、何やらしばらく考え込んでいたけれど、
「あ、これだ」
何かひらめいたらしい。例のチェシャ猫のにやにや顔になっていた。
「K、キミ、わたあめの作り方しってる?」
わたあめ。それがLの「線」とどんな関係があるのだろう。
その作り方は、縁日の屋台とかで何度か見たことがあるので、知っているというほど詳しくはないけれど、知らなくはなかった。
器具の名前までは知らないけれど、何か回転する釜のようなものにザラメの砂糖を入れると、たぶんその釜が熱せられているのでザラメが溶けて、回転する釜の遠心力で溶けたザラメが細い糸状の飴になって・・・
「それ」
と云いながら、Jがつないでいた手にぎゅっと力を入れたので少しびっくりした。
「あ、ごめん。その細い糸状の飴みたいなのが、Lの「線」によく似てるの。「線」て言うより「糸」だよねってLに云ったら、そんな弱そうな呼び名はいやだ、って」
記憶の中のわたあめ作りの工程を思い出す。ごくごく細い糸状の飴だった、はず。毛糸なんかよりもはるかに細い糸状の。
まあ確かに弱そうではあるけれど、別に強そうでなくてもいいのでは、と思わなくもない、かな。
「よかった、うまく想像できたみたいね。Lの「線」は、人や生き物とつながってるわけじゃないの。その辺をふわふわ漂ってる感じかな。
だから、わたしの「泡」みたいに、人の数だけ「線」があるわけじゃなくてね。わたしのは、たとえばそうだな、全校集会とかで校庭や体育館に全校生徒がずらっと並んでいたら、全員の頭の上に同じ数だけ「泡」が浮かんでるんだけど・・・」
云われるまま何気なく想像して、思わずゾッとした。
校庭や体育館を埋め尽くす、500個以上の色とりどりの「泡」、しかもそれが見えているのは、自分ひとりだけ。周りの誰もそれに気づかないし、見えてさえいない。
「おーい、K?キミ、その時々暗くなるのやめよう?明るくいこうよ、ほら笑ってー」
うつろに中空を眺めて固まった僕の視線の前で、Jが空いている右手をひらひらと振ってくれたので、僕は妄想から引き戻される。助かった。
Jは、その華奢な見た目や僕が勝手に抱いている彼女の印象よりも、実はずっと強い子なのかもしれない。
「うん、またずいぶんストレートに褒められたね、ありがと」
にっこりとJは笑っている。
このJのたくましさというか、しなやかさというか、僕は大いに見習うべきかもしれない。
「コホン、えーと、はい、Lの「線」の説明に戻るよー。「線」は人とつながってないって云ったけど、L本人とはつながってるみたいなの。実際には、周りをふわふわ浮いてるから、Lの体に「線」がくっついてるわけじゃないんだけどね。Lのいるところにだけ「線」もいて、他の人には「線」はついてない。そこが「泡」とは違うところだね。だいたいふだんは2〜3本、多い時でも4〜5本かな。「線」はいつもLのそばにふわふわ浮かんでる」
そう云って、またJの細くて長い人差し指がぴこん、と立つ。
「あ、そうそう、わたしの「泡」もそうだけど、「線」にはさわれないの。さわってもそこに何もないみたいに手や体が素通りしちゃうだけ。空気みたいに何の感触もない。だから、動かすこともできないし、こちら側から「線」や「泡」に何か干渉することはまず無理みたい。念力で動かしたりとかも、ね」
こちらからの操作や干渉は一切受け付けず、ただ勝手にそこにあり続ける、というのは僕の「音」とも共通している気がする。
おそらく僕らの「力」の、たぶん根本のいちばん元の部分は、同じ「何か」なのかも。
「あ、でも色の意味は、「泡」と同じところがあるかもって、Lもわたしも思ってる。「線」にも色があって、青とか緑は安全な方向、赤や黄色は近づかない方がいい方向、ってLは云ってた」
方向、つまり「線」がそれを指し示してるってことだろうか。
「そうそう。Lの独自の研究によると、「線」には色があるけれど、色が変わるところは見たことがないみたい。青い「線」が危険に近づくと赤くなったりするわけじゃないらしいの。赤い「線」は最初から赤い「線」として現れて、危険な方向を差し続けてるんだって。他の色もそう。でも「線」が出たり消えたりする瞬間は見たことがない、ってLは悔しがってた」
伸ばした人差し指を、細いあごに当てて、Jは云う。
「2本が3本になったり4本になったり、青いのが増えたり赤いのがなくなったりはしてるんだけど、それはいつもいつの間にかそうなってるんだって。じーっと眺めていても消えたり色が変わったりはしないし、何もないところに急に現れたりするのも見たことがない、って」
確かにJの「泡」と比べると、Lの「線」はつかみどころがない。ヒントというか、とっかかりになりそうな点が乏しい印象だった。
ただ、共通点らしき部分は気になる。色で何かを知らせようとしている、と思われるところ。警告とか、安全とか。
ただそれも、長年それを観察し続けたJとLの経験に基づくもので、「泡」と「線」が本当にふたりに何かを知らせようとしているのかどうかはわからない。
知らせるため、ではなく、何か生物的な反応なのかもしれない。夜にしか咲かない花、とかそういう自然の何か。「泡」や「線」が自然の生物的な何かなのかどうかは、わからないけれども。
「そう、で、ある日Lはそれまで自分以外では見たことのない白く光る2本目の「線」を見て、その「線」が差す方向をたどって、わたしを見つけたんだって」
何かそのLとのファーストコンタクトに楽しい思い出でもあったのかな。Jはくすくすと、思い出し笑いをしてる。
「楽しい思い出?!」
そう云って、Jは盛大に吹き出した。
そして右手をおなかに当てて、けらけらと笑い転げてる。
こんな風に笑い転げることもあるんだ。まあ彼女らしくはあるけれど。
「ごめんごめん。だって、ひどかったんだよ。いきなり後ろからランドセルをガシッてつかまれてね、おいおまえ、ちょっとそこの公園までつきあえ、って。マンガかと思った」
そこの公園とJが云うのは、この公園なのだろう。
今日、僕に声をかけたJは、意識してかどうかはともかく、Lとの出会いをそのままなぞっていたのかな。僕の方は、だいぶソフトにアレンジされていたけれど。
「そうそう、この電車ブランコまでひきずられてきて、まあ座れ、とか云っちゃってね。で、座ったものの、あの子自分からは何も云いだせないの。まあそうだよね、じつは「線」がおまえを差してだな、なんていきなり云えないよね」
笑いすぎて目じりに涙を浮かべながら、楽しそうにJはその様子を話してくれた。
「その時にはもう、わたしも気づいてたから。Lがわたしと同じ色の「泡」だってこと。だから、わたしから聞いてあげたの。「あなたは、何が見えるの?」って」
そう云ってからJはふと真顔になって、
「あれ、わたし今日、キミにも同じ台詞を云ってたね」
そう云って、ふふふと笑う。
云ってたよ、魔法の呪文。
「なあにそれ」
あの時は、僕を石にする魔法の呪文だと思ったけれど、違った。
石だった僕を人間に戻す魔法の呪文だったのかもしれない。
「キミ、たまにむずかしいこと云うよね。よくわからないから、その都度スルーしてたけど」
ふたりで、ふふふと笑う。
僕の右手と彼女の左手をつないだまま、僕らの笑い声だけが、他には誰もいない静かな公園に響いていた。

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